おばさんに萌える
コンビニ雑誌コーナーに並ぶ、リア・ディゾンの目の輝きには「参りました!」と唱えてしまうのに、おばさんの色気に魅了される自分がいるのはなぜだろう。
海より深い母性に恋焦がれているのか。疲れているのか。もし街角で「私のカラダを買って」と美女に声かけられて「は?」と呟く自分でも、「私の母性を買って」と言われたら「喜んで!」と、みずほ銀行芝支店の預貯金全額引き落としていることだろう。
たとえば、ボクが勤める会社の顧客のMさん(35)。
案件がゴチャゴチャになって、何度も電話のやり取りをしていると、「すぅいません」「お世話になりますぅ」「ありがとうございますぅ」と「ぅ」攻めをしつつ、しまいには、「あら?そうなんですかぁ。いやん」などと、伝家の宝刀「いやん」をボクの鼓膜に響かせる始末。
朝の総武線で、ネクタイ締めたリーマンの「GWなのに仕事なんていやだねえ」というアンニュイ打法を食らいつつ、流されやすいボクは、そうなのかなあと、空白のままの携帯スケジュール帳を眺めたりもしていた。
しかし、蓋を開けてみれば、白昼のオフィスにクリクリの電話線を通じて届いたセクシーボイス!ベルに感謝。電話の向こうの名もなき、Mさんを妄想しながら、恍惚とした気分に。まだ一度もお会いしたこともないのだが、声だけの関係も悪くない。テレクラのサクラにはない、紛れも無いリアリティ。
そして、「いかん、これは仕事だよ」と思いながら、声に恋した自分は妙な興奮を味わう。
魅力的なおばさんは多い。
総武線車両に乗っていると、昼下がりには、よくおばさんの連れを目にする。大体4人組あたりで、化粧っけもなく、たまにお洒落に気遣っていても、トレーナーにジーパン、そして何故かカバンはヴィトンとかそんなていなのだが、その中には目を見張るべき美女もいる。
ボクは、こういう人をエースと呼ぶ
エースは、スラリと伸びた足、上向きのヒップに小顔。大体こういう人に限って、目尻の小じわも多めで、なんとなくカオはやつれ気味。「人生なんかうまくいかないものよ」とどこか悟りつつ、でも懸命に今を楽しもうとする前向きな姿勢と笑顔。 「若い頃は随分男を泣かせたのかなあ」としみじみ思えてしまうのだが、そんな無数のシワにボクは、都会のオアシスを感じる。
それにしても、こういう素質のあるエースはなぜ普通のおばさんと行動するのだろう。否、世の中に普通のおばさんが多いから際立ってしまうのか。
全然関係ないが、その昔うちのオカンが、PTAのなんやらで同級生の親同士と温泉旅行に行ったことがある。その後、お茶菓子目当てでPTAのなんやらの会合に母親の付き添いで行った小学生のボクは、「A君のお母さんのおっぱいはすごかったねえ」と語る母親の何気ない会話に耳を傾け、周りのおばさんの笑い声の中で一人引きつった笑顔を浮かべながら、「たしかにA君のお母さんはきれいだな」と思いつつ、「これって恋?」と思いながら、慌てて心の中の自分をピシャリと平手打ちした。
その後、A君の家に遊びに行くことがあった。お母さんは綺麗で、当時は珍しい茶髪。そしてたわわな胸。「どうしよう。どうしよう」などと思いつつ、A君の横顔を見つめながら出された、巨乳ママ手作りのお好み焼きを喉に放り込む。
死ぬほどマズかった。
そして、ボクの恋も終わった。
だが、おばさんに恋をするという背徳的な行為をうすうす感じていたボクは、同時にホッと胸をなでおろしてもいた。
妄想は加速する。
先日、六本木界隈を歩いていると、すばらしく大きな豪邸に遭遇した。ふと、目をやると庭で観葉植物に水をやる初老の婦人がたたずんでいた。表札の名前が女性だから、この家は彼女のもの?
そんな風な疑問を抱え、ぐぐってみると、彼女は高名な照明デザイナーであった。彼女のプロフィールなどをみるうちに妄想ギアは5速へ。
もし、ボクが彼女の家に招かれたらどうなるだろう。彼女の第一声は、高い塀に備え付けられたインターフォンからの「いらっしゃい♪」。この「いらっしゃい♪」の「ら」は恐らく巻き舌であろう。「ら」ではなく「るぅああ」。なんとなく。
そして、ジジジと門があき、中へ。玄関開けると、白いガウンを身にまとい、赤ワインの入ったグラスを持つ彼女が佇んでいる。彼女は黙って、グラスを前に突き出し、「召し上がるぅ?」とウィンク。このウィンクは、アメリカ仕込みの驚くべき高速で、普通の人なら「目がかゆくてまばたきしたのかな」ぐらいにしか思えないのだが、既に恋の予感を感じていたボクにはそれが彼女の茶目っ気たっぷりの挨拶だとすぐに認識できるであろう。
ゆったりとしたソファに腰掛け、しばし、歓談する。
「若い人は濃い味の方がお好きかしら?」と、彼女は庭の野菜で作られた色鮮やかなサラダなんかを振舞ってくれる。
部屋には、照明デザイナーらしく、こった作りのシャンでリヤとか、間接照明が散りばめられており、ボクはその一つ一つを適当に褒めていく。
「どれもすばらしいけど、こん中で一番輝いているのは君だよ」とボクが、30畳のリビングで言うと、「あら、お上手ね。」と、彼女は返す。
そして宴は終わり、ボクは失礼ならぬようと、「そろそろ帰ります」と冷静に呟いてみる。
「まだ、いいじゃない?」と呟く彼女。「でも、明日は仕事なんで…」と玄関へボクが行こうとしたその時だった。
「バカにしないでよ!!!」
彼女の怒声が鳴り響く。見れば彼女はガウンのヒモを既に解き放ち、黒いランジェリー姿で佇んでいる。そん時も赤ワイングラスは手から離さない。
と、まあ、色々妄想するのも楽しいですな。
おばさんの未来に乾杯。
そしておばさんに恋するボクの未来に乾杯。