満員電車に思うこと
朝。
駅のホームでブレスケアを食べていたら、一粒だけ落ちて
転がり、白線を超えてホームの先端でピタリと静止した。
ちょっとだけ、感動した気分に浸っていると電車が轟音を
轟かせて駆け込み、そしてその風圧でブレスケアは静かに
線路へ埋没した。
そんな風な光景を眺めてなんとなく落ち着かずにいたボクは 慌ててアイポッドのスイッチを入れて、スーパーカーのstorobolightsを聴きながらヴォルビックのレモン味をゴクリとひと飲みし、食肉工場のようなギューギュー詰めの満員電車へと飛び込んだ。
おじいちゃんのうなじを眺めながらの通勤。
うなじに目をやると、銀髪の中に黒いゴマのような毛が点在している。世の中の綺麗な部分も汚い部分も、バブルも銀座も女も酒も。みんなみんな知っているというのに後ろからみればノリのないおむすびみたいだ。食べればきっと淡白な味なんだろうな。小さな背中に何を思うか。だけど不思議と疲れは感じさせないのだ。時折車窓から伸びる淡い光が文庫本を持つおじいちゃんのしわだらけ指を照らしてなんだかうっとりした。
ムズズと後ろから押されて忌々しい顔をするおじさん。おじさんの目の前では女子高生がフリフリのスカートで佇んでいる。意図せざるして彼女に迫るおじさん。あまり興味なさげに下向きかげんの女子高生。おじさんはさらに眉を釣り上げ、苦しそうな表情を浮かべた。そして、ななめ後ろからは僕の右手の脇の匂い。迫る女子高生のケツ。おじさんは痴漢冤罪を事前に予知したかのように、ジーザス・クライストのようなポーズでつり革につかまった。なんとなくいとおしさを感じる、いとおじさん。
関係ないけど、最近駅などで見かける劇団四季のポスター。女子プロみたいだ。
ボクの左前には全身黒ずくめ、皮づくめの男がいる。
朝の電車には似合わない彼。飲んだくれた女の家の朝帰りか。 バイクで遊びにきたのにお酒の後だからって、彼女に無理やりこの箱に詰められたのか。 普段は「触ンじゃねえ」って、ベルセルクみたいに言ってる彼でも、ここではいつも以上に無防備で大きな背中は隙だらけ。 脇腹あたりをこっそりくすぐっても 「ンだよ」って叫びながらもこの窮屈さじゃ抵抗できないだろう。思えばすごい空間だ。
先のおじいちゃんの銀髪が、女子高生の制服の背にハラリと落ちる。髪の毛は、世界で一番自殺率の高い生き物で、よく、こうしてダイブする。あとで、弁当なんかを食べている時間に「あ、なにこれ!宝毛!!」なんて友達にでも発見されれば嬉しいのだが、宝毛なんて知らないだろうな。最近の若者じゃ。
やがて、秋葉原へとたどり着いた駅。ドドドッと一瞬にして、全身のGが解け、フワフワと一瞬だが無重力状態となる。ホームから、「白線の内側までおさがりください」と駅員のアナウンスが聞こえてくる。関係ないけど、僕がこの先、古着屋でもやることになったら、どっかの公園にでも座って、白線を引き、「白線の内側までおさがりください」ってな看板を掲げるだろうな。
満員電車も、まあいい電車になった。
これもスーパーカーのおかげ。