真夜中のバス

2009年10月12日

誰も乗客のいないバスに、乗り込むことがあった。
オランダ・クリスマスイブの夜23:20。

入り口で定期を見せると、運ちゃんはチラリと目を
通しただけで顎で合図した。

車内は驚くほど真っ暗で、目をこらしながら、
かろうじて手すりにつかまれるレベルである。

定刻を過ぎても中々発車しないので暇を持て余し、
カバンから文庫本を取り出すが当然読めず。

運ちゃんは50ぐらいの男で、暗闇の中グミキャンディを
取り出しながらモソモソ食べている。

やがて、バスが動き出した。深夜ということもあってか、
予想以上のスピードである。

カーブを曲る時には、座っているにもかかわらず、よっこらせ
と手すりにつかまらねばならないほどだ。直線道路を進んでいくと
右前方から「51」と記された同じタイプのバスがやって来た。

すれ違う瞬間。軽めにクラクションを鳴らす運ちゃん。
先方のバス車内を見ると同じように乗客はいない。
51の運ちゃんも、相槌のようにクラクションを鳴らし、
猛スピードで駅へと向かっている。

改めて車内を見渡すとなんとなく異様な感じがする。ガランとした
縦長の空間にボクだけが存在する。正面に取り付けられた、電光板が
無機質に停留所の名を読み上げていく。が、運ちゃんは当然のごとく
スルーである。バスは停留所を次々に越え進んでゆく。

しばらくすると教会通りにたどり着いた。毎時30分ごとに
時を刻む鐘の音がくぐもった感じで聴こえてくる。
雨粒垂れる窓越しに、外を見やると、巨大なクリスマスツリー
が生えている。

「メリークリスマス!」

寡黙だった運ちゃんが突如叫んだ。
ビックリしたボクも咄嗟にメリークリスマス!と叫んでいた。

やがて、目的の停留所につき、赤レンガの道に足を下ろす。

頭の後ろでプシューっと音がし、バスはあっという間に彼方へ
消えていった。

クリスマスツリーの先にはネオンも明かりも広がっていない。
時折、オレンジ色の街灯が何の変哲も無いバス通りを照らしている
のみだ。

豆粒のように小さいバスを眺めながら、ボクはあの運ちゃんの旅路をボンヤリと考えていた。

christmas.jpg