田舎ドライブ

2011年9月12日

墓参りがてら、おやじの運転でドライブに出た。

ルート:札幌→岩内→仁木→余市→小樽→札幌

BGM:
ジーーーー! ミュイユ! ミュユミュユミーーーー! セミの音


【目撃したモノ】

バリカンで刈られたようなスキー場の山

森に佇む掲示板、田園に佇む選挙看板

山のなかの変電所

土砂崩れ防止のフェンス連鎖

風にあおられ、イナバウアー松、背面飛び白樺

一直線に続く道路の白線=地球のミシン目

中山峠。顔を出すパネル看板に、ケツの割れ目を突き出し、写真を撮る少年の無邪気さ

ログハウス風バス停

爪アカのような堆肥の匂い

風になびく、「ドライブスルー」ののぼり。

商店の屋根に立ち並ぶ、「大売出し」のぼり連鎖

星条旗風の看板に「ハンバーグ」の文字

ビニールハウスはスケルトンいも虫

無駄に駐車場の広いラーメン屋

「ご自由にお休みください」国道沿いの駐車場

ソコナイ停留所 そこ無い? 損ない? 底無い?

コンテナがない車台むき出しのトラックは、尻尾を切られたトカゲみたいで可愛い

一階が商店。母屋のある二階まで階段が伸びる建物シリーズ@倶知安(くっちゃん)

ひと気のないエリアに佇む、生コンクリート屋 
※ミキサー車。生のまま回し続けろ! ミニゲームにあるの?

「森永アイスクリーム」のベンチ

いかにもリッチそうな名前なのに、何にもない国富町

寂れた家にある、怪しげな八角形の窓

共和町 かかし祭り

道路脇に佇む砂入れ器(坂道滑り止め用)

色気のない正午を知らせるサイレン音 ウゥゥゥーーーーーーー! @岩内 (戦時中?)

【車の窓越しに見かけた気になるフレーズ】
(※哀愁、レトロ、妙ちくりんが、お好みです)


マリンスポットさわやか(トイレ)

キングシャワーアイランド(洗車場)

お食事処 ドライブイン

塩谷文庫歌(バス停)

酵母パン 凛香(スナックみたいな、名前だね)

すずらんホール

フルーツハウス ゆできび フルーツ

たばこ 日用品 プロパン

ドライクリーニング

ハロープラザ

光子美容室

アメリカンドライセンター

ファッションプラザ

ビューティーサロン

コーポはまなす

愛ケアサポート

きのこ王国

ファースト美粧院(美容院よりゴージャスっぽい)

おたるもみほぐしや(全部ひらがな。読むだけでほぐれます)

おたるのラーメン あったまりませんか

腸が元気になる店

ジブラルタ生命

シーフードレストラン キャビン共栄

タルレイのラムジンギスカン

ムラーノ ノート マーチ モコ 

ポートアベニュー

ぱるて築港

いらっしゃいませ キャッツアイはこちらです

寿司 天ぷら うどん そば (全部同じ店)

卓球 カラオケ フィットネス ダーツ 
岩塩サウナ パチスロ 日焼けサロン ビリヤード
お化け屋敷 酸素バー ネットカフェ マンガ喫茶
(全部同じ店)

ドライバーショップ トラックハウス

バイクがすきだから セーフティライド

極上焼肉

女性だけの30分フィットネス

焼肉世界王者

魚バカ 浜料理

シュヴァービングの森


【感想】

①パン好き女

田舎に行くと、無駄に看板のデカい小さなパン屋がたくさんある。
男はラーメンを作りたがるが、女はパンを作りたがる。
どうして、女はパンが好きなのだろう?
男は基本、白米か麺である。
女は食の守備範囲が広い。

子供の頃、パンと目玉焼きとソーセージ、グレープフルーツのセットが
最高の朝食だと考えていた。
パンの耳を油で揚げて砂糖でまぶしたのが好きだった。
給食の揚げパンが好きだった。
コッペパンの皮だけ薄くはがして食べるのが好きだった

大学生の頃、ヤマザキのスイートブールと、まるごとソーセージにはお世話になった。
スイートブールはデカイだけで中身のないヤツであった。

パン工場の深夜バイトをした時、まかないに出る廃棄パンにロクなものがなかった。
仕方がないのでポケモンパンだけ選び、無駄なシールばかり増えていった。

今、北海道に住んでるので、時々、「ロバパン」や「日糧製パン」といった
ご当地パン工場の看板を目にする。えらく懐かしい気持ちに駆られ、
先ほどwikipediaで調べたところ、共に「売上高では下位グループに属する」という記述があり、ショックを受けた。

世の中、パンに別れを告げる男は結構いるが、そもそもいつ別れたのか覚えていない。
31歳の今、パンにはあまり興味が無いが、「パン」や「ベーカリー」という言葉は好きだ。
あったかいイメージだからだ。

それでも時々、黒コゲ寸前のカリカリトーストは無性に食べたくなる。
縁日で見るじゃがバター並みにドサッとバターを落とすのがうまいんだ。

どーでもいいけど、「コンチネンタルブレックファースト」ってネーミングの割りにしょぼいなぁ
パン、ジュース、コーヒーだけでしょ。「朝定食」の方がはるかにゴージャス


②抱き合わせ商法

田舎には抱き合わせが多い

・寿司 天ぷら うどん そば   (某飲食店)

・卓球 カラオケ フィットネス ダーツ 
岩塩サウナ パチスロ 日焼けサロン ビリヤード
お化け屋敷 酸素バー ネットカフェ マンガ喫茶 (某アミューズメント施設)

やりすぎだろ! 
アミューズメントスクランブル!!

よく言えば、できるだけ消費者ニーズを満たそうとする店。
悪く言えば、ポリシーのない店、プライドのない店、自信のない店。

これは、ごった煮的な昨今のバラエティ番組と通じるものがある。

元祖は北海道や関東の田舎に散らばるアミューズメント施設、
キャッツアイなのであろうか??


③テント小屋

田舎に行くと、道路沿いに「ゆできび」「フルーツハウス」といった看板やのぼりを度々目にする。

運動会で見るテント小屋のような小さな店舗で、店先には現地で採れた果物や野菜などが
並べられてある。

ある店では、店員が女子高生だった。
ある店では、「お品書き」を書くために、学校にある巨大な黒板を使っていた。

僕は限りなく労働意欲がなくなったとしても、
こういうテント小屋ではアルバイトをしてみたいと思う。


④田舎の女

田舎で見る女は、いつも綺麗に見える。

その昔、冬の札幌。
雪原のバス停で、たった一人赤い傘を差し佇む茶髪の女を見た。
肌は驚くほど白い。
綺麗だった。

その昔、温泉街にある赤暖簾の中華料理屋で、振りザルでラーメンを湯切る、
化粧けのない、30代前半くらいの女を見た。
なかなかの美人だったが、極端に覇気がない。
指の付け根の関節に、あかぎれが見えた。

14インチのテレビからはわびしげなローカルニュースが流れている。

ここで生まれた女なのか? 紆余曲折を経てやって来た、わけあり人なのか?
いろいろなことを想像し、5倍増しで彼女は色っぽく見えた。


⑤マンション一階にあるコンビニ

理想的な出会いは、マンション一階のコンビニで起こる。

そのマンションに住むと、当然そのコンビニに通うことになるだろう。
毎日通えば、時々見かける異性がいるだろう。

同じマンションに住み、一階のコンビニで出会ってフォーリンラブするような、
ボーイズビー的な出会いに憧れるのだ。


⑥きのこ王国

きのこ王国という、土産物屋とレストランの合わさった店に行った。

名物はきのこ汁(100円)だ。
なめこ、まいたけ、しめじ、落葉などのキノコが入った味噌汁で、
刻みネギも入れ放題。
顧客に好き勝手にネギを盛らせる店ほど信頼のおけるものはない。
ラーメン屋でもそういう店はある。どろどろのスープと一体化したネギが好きなのだ。

僕はここで、きのこ汁大盛り(180円)、きのこウニご飯(380円)、
きのこおにぎり(100円)、きのこ天ぷら(取り放題 380円)
を注文した。

天ぷらはお金を払うと、新書サイズの容器を渡され、
4種の揚げたてきのこを好きなだけ取ることができる。
この店は非常にできがよく、容器を覆うビニール袋まで渡してくれる。

隣のテーブル席に、60くらいの夫婦がいた。
旦那の方は僕と同じような組み合わせだったが、奥さんの方は違った、
きのこ汁と天ぷらだけである。
しかし、その天ぷらの盛りが尋常じゃなかった。
明らかに僕の3倍以上はあるのだ。

普通の人間なら取り放題といっても、容器に載せて持ち運べる山盛り
をイメージするだろう。
ところがそのおばさんは明らかに容器の概念を無視していた。
まるで金魚すくいのポイのように、その器で何度も天ぷらをすくいあげ、
ビニール袋をパンパンにして持ってきたようなのである。

それを見て、つるぴかハゲ丸君の漫画を思い出した。
ハゲ丸君とその一家は猛烈にセコイことでおなじみだ。

ハゲ丸一家は運動会のおせちを作るために、デパートの試食品だけで重箱を埋める。
ハゲ丸はカップアイスクリームを完食し、蓋をベロベロ舐め、
その後容器に水を張って凍らせ、その氷までガシガシ食べる。
ハゲ丸のおやじは会社までの交通費を浮かせるため、
毎朝歩道橋の上からトラックの荷台に飛び降りている。
ハゲ丸家の隣に住む爺さんは、ビニールハウス代わりに公衆電話ボックスを利用して観葉植物を育てる。

ちなみにこの「きのこ王国」。アルバイト店員の時給は700円。
北海道では高いほうだ。

先ごろ、東京の大学生である従兄弟に会ったが、バイトは銀座レストランのホールをやってるそうだ。
時給1200円。きのこ王国とは1時間500円の差である。
ううむ……理不尽な世の中。


そんなこんなで、きのこはうまい。きのこは怪しい。
きのこほど、神秘的かつ奇妙な生き物はいない。
僕の前世はきのこであって欲しい。


フリースタイルライフがリニューアルしました。

「死なせてたまるか! ポジティブ・シンキング博士の自殺撲滅大作戦」 というコンテンツを始めます。  

ものすごーくゆるゆるな感じで、できれば月1くらいで更新します。


いろいろ呟きコラム

2011年9月12日

●不思議な出会い

先日、街へ飲みに行ったが、二次会のバーへ向かう途中、
友人と道に迷ってしまった。
その友人は積極的にいろんな人に道を尋ねていたが、
2、3人目に声をかけた人がなんと、僕の親戚のおじさん!

そのおじさんは僕の実家の近所に住んでいるが、
地元で会うならともなく、まさか街中でバターリ遭遇とは…。

「××おじさんですね!」僕が言ったところ、先方はかなりビクーリ
して足早に去っていった。決して遊び人ではないおじさんだが、
もしやすすきのあたりでスッキリした帰りだったのかもしれない。

次回の旅行本でも書くが、僕は旅行先でも偶然の出会いを
何度か経験した。

何も考えずにボーっとしている時にこの現象が多い。
そして、出会う人は自分にとって必ずしも運命的な人であるとは
限らない。考えてもみなかった思いもよらぬ人であったりする。

いやぁー、人生っておもろいわ


●泥酔

上記の飲みの後、終電で帰ったが寝過ごして二駅オーバーした。
日本なので何も盗まれてなくて一安心。
人気のない駅の改札を潜り抜けた時は、まるで放課後の学校に
忘れ物を取りに行った帰りのような気分だった。

タクシー代をケチって歩いて帰ったら、迷うに迷って1時間半。
結局タクシーで帰るハメに…

途中、ものすごくデカイ森があったので、その脇の歩道で
寝そべって星空を見上げた。

森も花も道は教えてくれなかったが、厳かなパワーを感じた。
彼らは紛れもなくしゃべらない人間だ。

●成城石井

先日飲み会に行った。
デパートのようなスーパーに勤めているという女の人がいた。

「成城石井みたいなところ?」僕は訊いた
「え?正常位?」と聞き返された

成城石井、北海道にないもんね。

ラーメンサラダとクーニャンは東京では見た記憶ない。

北海道の居酒屋は広くていいなぁ

●遊具のしょぼーん化

近所にある「わんぱく公園」も「ワイワイ公園」もスリリングな遊具が減り、何の刺激もないやわっちいものが増えている

全体的に高さが大幅にダウンした。男の子たるもの一度は高いところを目指すものだがそれができなくなった。やたらカラフルなプラスチックやゴムなど、いかにも安心な素材も増えている。

公園の個性は確実に消えた。

これはマズイ!

冒険しない子供たちは、驚くほど従順でいい子に育つだろう。
無菌室で育った子供たちは過酷な労働条件の日本社会に放たれ鬱になる。

とめどなく流れる洪水のような情報に流され、行動する前に夢をあきらめる
悪い癖がついてしまう。松ちゃんもタケシも言ってたが、危ない目に合って初めて、これは危ないと理解することが大切なのだ

挑戦しない子供たちは過剰なまでに失敗を恐れる。あるいは、一度や二度の失敗ですぐにしょんぼりとしてしまう。そうして他人の批判ばかりしてバランスを取る術を覚える。

結局は主体的に生きられいないので、資本主義の奴隷になる可能性がある。


●僕がかつて幸せでなかった理由

①理想的な未来にばかりとらわれ、それが叶わなければ不幸だと今をないがしろにしていた。しかし、自分の夢や目標が叶ったところで、「うれぴー!」と悦に入る時間なんて意外と短いもんだ

②なにかにハマッていなかった。めんどくさがって行動していなかった。唯一続けていた行動は会社を辞めることだけだった


●ヤンキー牛乳

久しぶりに夢を見た。
僕は学校の教室にいる。給食時間のようだ。
机の上にはすでに料理が並び、まもなく「いただきます」
が始まろうとしている。

後ろの席にリーゼントの強面が座っていた。
リーゼントが「牛乳足りねえなぁ」と言った。

僕は自分の席にふたつ牛乳があることに気づいた。
慌てて一本手に取り、彼に渡そうとした。
「あ、牛乳ありますよ」
「いやいやおれの分はあるんだ、みんなの牛乳が足りねえんだ」
とリーゼントは言った。

周りを見ると、生徒の半数ほどに牛乳が行き届いていないようだ。
僕はヤンキーの視野の広さに感服し、ここで夢は途絶えた。

この後の展開を妄想する。

パターン①
「おい! 足りねえ分の牛乳買ってこいやゴラ!」
と教師をパシらせるヤンキー。

パターン②
突然教室を飛び出、少しの間のあと戻ってきて
「みんなぁー、たっぷり飲めやぁー!」
と乳牛を連れてくるヤンキー。
「僕、牛乳嫌いだから…」と拒む生徒に向かって、
「おれの牛乳が飲めねえのか!」とすごむヤンキー。

あの夢は一体なんだったのだろう??


●高校生クイズ

すごい久々に見た。

視聴者を無視した難問の数々。
芸能や流行問題が一問も出ないので対策は練りやすいんだろう。
ギネスブックとか日本初、世界初の○○とか。


母校の札幌南が準決勝まで行って健闘した。
今、クイ研があるのかわからないが、

クイズ研究部→クイズ研究同好会になったのは僕のせいだ。

僕の代はメンバーが3人くらいで、一個下は部員が1人しかいなかった。
たいした活動もしていなかった。僕は名前だけの幽霊部長だった。

唯一覚えているのが、どっかの公民館でやった、T高校との対戦(自主練)だ。
トミーのウルトラクイズの早押し機を使って、クイズ対決。
T高校はなかなか手ごわかった。

しかし、企画した怪しい大学生が、正答したらトランプを引き、そのマークで
ポイントが加算されるというシステムを採用。

僕たちはあまり答えられなかったが、ジョーカー一発ツモに成功して勝利した。
その時、T高校の紅一点の女子がいかにも悔しそうにしていたのを覚えてる。
もちろん顔はガリベンそのものだ。

高校生クイズの本戦。T高校の連中に遭遇した。
共に最初のYESNOで敗退した。
敗者復活は、持ち物対決だ。たとえばアナウンサーが「三色ボールペン」と言うと、
三色ボールペンを持ってるチームだけが勝ち残れる。

T高校のメンバーは「歯医者の診察券」を持っていなくて敗退した。
僕たちのチームのなかには、歯医者に通っている者がいた。

その時、ガリベン女子が「いいな、いいなぁー! 診察券余ってなぁーいい!?」
と必死に訊いてきた。
もちろん余ってないので断ると、明日地球が滅びるような顔をされて泣かれた。

結局僕たちも落ちた。青春の思い出として、黒いゴミ袋を被っていたが、テレビ
映像にはもちろん映らなかった。

陰気な青春メモリー。
彼女は今、どうしているのだろう?

閑話休題。

僕が高3になる時、たった一人の後輩に部長の引継ぎを打診したところ、
一度は引き受けてくれた。

ところが翌日、
「先輩、やっぱり一人じゃ無理ッス」
と断られてしまった。

結局休部となり、同好会となった。。。
ところが2学年下が見事全国優勝。
というわけで今後も頑張ってくだされ。

で、番組を見ていると、

どうでもいいタレントのコメントがうざかった。
CMの引っ張りもうざかった。

うすっぺらいコメントが多かったが、唯一、髙田延彦が
早押しの素早さを「ミルコの左ストレート」にたとえていたのは面白かった

しかし、こういう番組がなければ、ガリベンが日の目を見る機会はなかなか
ないだろう。

それから、やっぱり頭のいい人は、眉の上がボッコリ盛り上がっている
んだなと思った。


●ポエム

ピリピリしながら来ましたさ
添乗員さん来ましたさ
押し寄せ来ました中学生 
やんややんやの大騒ぎ
流れ去ります黄色い声
おさまりまして、静寂が
今度はバスの運転手
タオルを握って猛ダッシュ
あらあらお忘れ物ですね?  
たったかたったか走ります
足音消え去り、静寂が
再び来ました運転手
笑みを浮かべて戻りゆき
走り出します大型バス
笑顔で見送る中学生
窓から手を振るガイドさん
ありがとうねと中学生
僕も笑うよありがとう


●18禁ポエム

アーメンザーメンすこぶるザーメン
くわばらくわばらチンコバラ
今宵の白濁飲み込まれ
ティッシュに丸めてくずかごドピュン

●意味なしソング

快楽全開メタボでメンゴ! ほまほまぴーちくぱーちくメンゴ!
もぐもぐぱくぱくにゃははのはぁー! みーんな大好きアブラモノ!
ぽろぽろぴりぴりらららのらぁー! 泣ーいて怒って楽しんでぇー!  
さめざめぷんぷんにゃにゃにゃんにゃーん! 結局いつものあまえんぼ! 
アー じーんせいって、そんなもん☆そんなもん! 
生きてるだけでー、ハピハピハッピーターイム!

開運全快ミラクル連鎖! くるくるビーム、パッパラビーム!
まるまるはむはむらららのらー! みーんな大好きセロトニン!
けらけらにんまりあはははのはー! 笑ってほほえみ楽しんでー!
だんだん元気になりましたー! 遊んで眠ってまた遊ぶ!
アー じーんせいって、そんなもん☆そんなもん! 
生きてるだけでー、ハピハピハッピーターイム!


●オススメソング

http://www.youtube.com/watch?v=_cS2TtuZyn4


新聞記事など

2011年9月12日

北海道新聞の記事です。

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また色々電話がかかってきましたが、ほとんど母ちゃんの友達から
でした。幸いなことにみなさん大人なようで、アダルトビデオ
の男優に関してツッコム人は誰もいません。
婆ちゃんからも電話がかかってきたようですがAVが云々よりも「金はいくら入るのか?」に激しく関心があったようです。
孫の小説タイトルが『グッバイマネー!』なのに…。

昨日も呟きましたが、僕のビデオ出演作は1本+DVD特典映像に入った5秒。
特典映像の方は、AV監督のインタビューが入る予定だった
んですが、リリース直前にその方の奥さんにバレて出れなくなって
しまいました。

そこで僕が監督の代役として、ヒレカツだったかロースかつだったか
(監督の名前)の写真を持って、トランクス一丁でスマイルという
映像でした。いまだ確認できていません。

ビデオの方もまったく売れない作品だったので、入手するのに
苦労しました。オークションでやったこさ見つけて、出演作を
鑑賞しました。

以前勤めていた会社で、僕の送別会をやってもらった時、主任が
「素敵なプレゼントがあります」と言って、じゃんけん大会
を始めました。

ラッピングされた商品を見事ゲッツしたのは、新卒で入った
ピチピチ女子。包みを開けると、なかには僕の出演作
が入ってました。彼女が中身を見たかは定かではありませんが、
間違いなく鬼畜と思われたでしょう。

そんな素敵な演出をしてくれた主任に僕は感謝しました。
けど、それよりもどこでそのビデオを見つけたのか非常に
驚いたものです。

この新聞記事がきっかけでテレビ(UHB)の取材がきました。

きっかけは確かに北海道新聞に載ったことなのですが、
その一ヶ月前にディレクターの方が、たまたま ネット
サーフィン中に高崎ケンの存在を知ったようです。

そのあと新聞に載ったのですが、ディレクターの方は
普段ニュース系は読むようですが、僕の写った「ひと」
のコーナーはあまり読んでなかったようです。
しかし、その時はなぜかたまたま目がいき、そして又井と高崎が
リンクした…ということのようです

不思議なことがあるもんですねえ

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●小説選評

今月発売の『ランティエ(8月号)』という月刊誌に、小生の小説の
選評が載っています(審査員:北方謙三氏、今野敏氏、角川春樹氏)

最終候補に残った4作品に対する評価が書かれているのですが、
『新小岩パラダイス』に関してはみなさん「一番文章の荒い作品だ!」
と仰っています。しかしそれでも、三審査員の先生は「小生の作品
を大賞に推したい」と仰っています。

荒くてもなぜ賞を受賞できたのか?
その秘密が読んでいただければわかると思います。

senpyou.jpg


●公募ガイドWEB

【賞と顔】コーナーに載りました。 コチラ


●旅行本写真

嵐よういちさん著の『アジア・ブラックロード (文庫)』
の表紙に、小生が今回の旅で撮影したタイの写真を使って
頂きました。

arashi.jpg



机探しの旅①

2011年9月12日

一日に何度ありがとうと心のなかで唱えたことだろう。

こんなにドキドキワクワクしたのは高校時代に初めてできた彼女、麗しのMちゃんとデートした日以来なのだ。
そういう気持ちは青春時代にしか経験し得ない財産だと思っていたけど、僕は今年で32。中年になっても同じ思いができる日が時たまあるのだと身を持って理解した。 

これを書いてる今はドラゴンボールのエンディングテーマ『ロマンティックあげるよ』をループで聴いている。

ロマンティックあげるよ
http://www.youtube.com/watch?v=9DEZGI2soxg

そう、

不思議したくて、冒険したくて、誰もみんなウズウズしてる♪
大人のふりしてあきらめちゃ、奇跡のなぞなぞ解けないよ♪
もっとワイルドに、もっとたくましく生きてごらん♪
ロマンティックあげるよ♪ ロマンティックあげるよ♪
ほんとの勇気みせてくれたら
ロマンティックあげるよ♪ ロマンティックあげるよ♪
ときめく胸にキラキラ光った夢をあげるよーーーーーーーー♪

人生はまさしくブルマさんの言うとおりだ。
大人のふりも子供のふりもできない僕だが、5月12日、遂に夢の欠片を手にしてしまった。
それでは猛烈に長――――――――――いお話ですが、2年2ヶ月に及ぶ旅のお話を始めたいと思います。

 *

話は3年半前、2007年12月にさかのぼる。
僕はオランダのエロサイトの会社で働いていた。
首都アムステルダムに行って初めてした仕事は「パンティの運び屋」だった。同じ部署のMさんに「大事なものを関連会社に運んで欲しい」と言われ、手渡された紙袋には大量のパンティとブラジャーが詰まっている。ユーザー用のプレゼントだという。それを持って路面電車に乗り、バカデカイカップルの愛の語らいや、最後部の席を陣取る不良のIPODから流れるジェイジーを聴いているうちに、自分がなぜオランダに来たのかわからなくなった。
 
その晩にはアムス市内のレストランバーで新人歓迎会が開かれた。日本人は4分の一くらいだろうか。多国籍な軍団が未来のAVについて語らっている。
メンバーの内、三分の一がゲイだった。深夜の通販番組でエクササイズしているようなスキンヘッドの屈強たちが陽気にツナピザを頬張るのを見ていると、またまた自分がなぜオランダに来たのかわからなくなった。でも、たまらなく愉快だった。

二次会ではカラオケスナックに行った。
日本人駐在員の溜まり場的な店で、スタッフのお姉ちゃんはみんな旅行大好き、ずっと旅を続けていきたいというバックパッカーばかりの店だ。
新人にも関らず、いつものように自分勝手に泥酔した僕はフロアを見渡すステージに上がり、ミスチルの『名も無き詩』を果てしなく熱唱した。そうして歌が終わったあと、場内にいるスーツ軍団に向かってこう叫んでしまった。

「駐在員のみなさまーーーーーー、お疲れさまでっす!!」

席に戻ると、駐在員グループの一人、仕立てのいいスーツを着た中年にいきなり胸をどつかれた。僕の身体はアルコールに覚醒し、たまらなく気持ちが良かったので何が起きたのかわからなかった。
だが、目の前の彼は明らかに目を剥いている。そうして彼は鬼の形相で叫んだ。
「てめえら何者だ? なんの仕事してるんだっ!?」

僕たちの風体は明らかに異彩を放っていた。
上司のDさんはホスト風のイケメン。僕は中途半端な茶髪90キロのデブだ。隣に座る同期は『北の国から』の五郎のような風貌でド派手な緑のコートを着ている。くねくねと身体を動かすオカマちゃんたちもいっぱいいる。

僕は口を濁し、目の前の男をただ苦笑いで見つめるのみだった。
僕たちは世界中に素敵なマ×コやチ×コをばら撒いている。仕事に対して誇りもないが罪悪感もない。それでも、そんなことをエリート軍団に告げてしまっていいのか?
「てめえら何者だ?」男がもう一度言った。
ためらっていると、上司のDさんが相手方のボスに向かって突然叫んだ。

「エロサイトだよーーーーーーーーーーーっ!」

その場の空気が一瞬にして冷え切った。
僕の周囲では束の間大人たちの世界が進行し、やがて駐在員グループは去って行った。
Dさんの横顔がたまらなくカッコ良かった。我らのアニキ、あの時は本当にありがとうございました。
 
夢のような職場だった。
タイムカードはない。年間有給25日。病欠は有給を使わなくていいのでサボることもできる。だが、サボる必要も無いほど楽しい職場だった。
月曜の昼休みに2時間ビールを飲んで仕事をしても、誰にも文句を言われない。隣の席のHさんは毎日二日酔いで1時間も遅刻する。マリ×ナを決めて赤目のまま働いている元ヒッピーもいる。自分の仕事さえやっていればエブリシングOK。日本企業のように面倒臭いしがらみに縛られることもない。細かく担当が決まっていて、一人一人に責任と権限が与えられているのでやりがいもある。

そんなこんなで一年と数ヵ月後、会社が倒産した。
儲かっていたが倒産した。これには色んな事情とドラマがある。その物語はまた別の時に語ることにしよう。
突然の倒産宣告に職場の面々は一斉に悲嘆にくれた。
不思議なことに僕は平気だった。
その理由を、僕は初め、過去にもっと悲惨な体験をしてきたからだと思った。

僕は愛情たっぷりの親元ですくすく育った。
ところが中学の頃から毎日自殺を考えるようになった。
その理由は「逃げたかった」からだ。
強迫神経症に悩まされていた。
テストでいつもトップを取らねばと焦っていた。テストが終わった日にも勉強していた。高校に比べて中学の勉強ははるかに簡単である。だが、確実に覚えている英単語でも、教科書を閉じた瞬間、忘れたのではないかと不安になってしまう。再び教科書を開き、三色ボールペンで既に脳みそにインプットされた単語を書き連ねる。教科書を閉じ、また開いては書き連ねる。おかげで教科書はカラフルな文字でぐしゃぐしゃだ。
いたちごっこのグラフィティみたいに修正液で白塗りすることはしない。そのため、ただの教科書なのにいつも危ない匂いがしていた。ヤク中が描き殴った抽象画のようなものだ。ノートも同様である。
ある時担任が急遽全員のノートをチェックすることになった。翌日そのハゲ教師はこう告げた。
「みんなのノートを見たけど、いいノートには二種類ある。よく整理されてまとめられているやつ、それからもう一つ、使いこんであるなーってやつ。英単語とか漢字とか、覚えるために何度も書くことがいーんだ」
『使いこんであるノート』が、僕のノートであることはすぐにわかった。
猛烈に恥ずかしかった。
死にたかった。

更にやっかいなのは毎日の荷物チェックだ。
明日の持ち物をを確認するため、カバンから教科書を取り出し、時間割とにらめっこしてはまた元に戻し、そしてまた取り出し時間割をチェックするといった作業を延々ループで繰り返していた。こんなバカなことに無駄な時間を割きたくなかったが止められなかった。
ある時などは、当時好きだった大林素子のバレーの試合を見るため、早めに勉強を切り上げた。そして部屋を出、いざリビングのテレビへと続く階段を下ろうとすると、部屋のなかから不安が漂ってきた。そうしてまたカバンの中身をチェックすること2時間、結局素子の勇姿は拝めなかった。
こんな体験があったことを、随分経ってから親に言ったがまるで気づかなかったそうだ。
当然である。
地獄は自分が勝手に作り出しているものなのだ。
血縁が繋がった者でも見抜けない。
そんなことを思い出してみると、時間割の呪縛から開放された今、僕はただ普通に生きていける。会社の倒産なんてなんでもないことなのだ。
いつものように平然と、ボーッとしている僕に向かって上司のDさんは笑いながらこう言った。
「おまえはまたドロップアウトみたいにネタにすんだろ?」
その通りだ。
でも、僕が平気だった一番の理由は「時間割チェックからの開放」でも、「本のネタ」でもなかった。
 
倒産が決まったその日、自宅で一人ハイネケンを飲んでいると、心の奥底から不思議な声が聞こえたのだ。

 チャンスだ。
 
メッセージはその五文字だけだ。いつも勝手に暴走している意識の言霊ではない。もっともっと、奥底にある潜在意識、たとえるなら、どこか異世界にいる別の自分が発したような声に思える。
まるで理由はわからない。僕は幽霊も見たことがないし、幻覚や幻聴癖もない。何のチャンスか、なんでチャンスなのかもよくわからない。けれどなんとなく、いい予感がしていた。本当にそんな声が聞こえたのだ。

その頃の僕は『ドロップアウト』を出版し、全てのネタを書き尽くしたところだった。
脳みその井戸を枯れつくした気分だ。
ネタがないなら想像力で書いてみよう。そう思って小説を書き始めた。
ところが僕の想像力は自分で思っていたより貧困だった。
当然である。
僕の読書習慣は小学校の時の『ズッコケ三人組』で終了していた。それから15年間、読んだ小説で記憶にあるのはエンデの『果てしない物語』に『モモ』、椎名誠の『哀愁の町に霧が降るのだ』の三冊のみ。あと数冊読んだ気もするが、両手で数えられてしまうほどだ。映画もそれなりに見ていたが、僕は青春時代の大部分を『桃太郎電鉄』に費やしていた。一人で何度も100年プレイしては、雑魚キャラ相手に強欲に物件を買い占める。生産性のない遊びは頭がトロトロになるのでそれなりに楽しかった。
つらつらと言葉を重ねてみるがまるで物語にならない。「明日はオナニーである」と太郎は言った。「どうせ明後日もオナニーなんだろ?」と次郎は言った。「いいや明後日はオナニーはしない」と太郎は言った。
言った言った言った。
こんなことばかり書いていて楽しくなかった。

ある時書くのにうんざりして、もう無理だと手放したことがある。
ところがあきらめた翌日、何をしていいのかわからなくなった。
書かないことがつらないのではなく、書くことをあきらめたのがつらかった。

いつの頃から、僕はゼロから物を作る仕事がカッコいいと思っていた。世界で一番カッコいい仕事は映画監督だと思っていた。女にモテたかっただけなのかも知れない。遠い昔のガリベンコンプレックスなのかもしれない。よくわからないが何かを表現したかった。だからそういう仕事ばかり選んできた。

映画→テレビ→PV→AV→写真。

全部挫折した。体育会系が性に合わなかった。
CMもやってみたかったが縁がなかった。
昔所属していた映画サークルの人が映画監督になったり、漫画家になったりしていることが悔しかった。嫉妬した。やることなすこと全てうまくいかないので、どうしていいかわからなかった。

放送作家事務所→カラオケビデオ撮影→企業VP企画→旅行ビデオ撮影→UFOキャッチャーの商品企画→ウェブデザイナー。

求人誌を見てクリエイティブかつ、徐々に徐々に、現実的な会社を受けていった。受かった会社もあったがつまらなすぎて一日で辞めた。ウェブデザインはソフトを入手し、自分でやってみたが三日で向かないことがわかった。

人生が長すぎた。さっさと終わらせてしまいたかったが勇気がなかった。

そこで僕はクリエイティブな仕事をあきらめ、女にモテそうな仕事にシフトした。

バーテン→ホスト。

楽しかったが一生やりたいというほどでもなかった。
今度は世の中金だろと、金儲けをたくらんだ。

アフィリエイト→情報商材販売→ドロップシッピング。

アマゾンでその手の本を買いあさってみたが、結局やらなかった。
面倒くさそうだ。そして金だけを求めていくと、打算的な人間関係になりそうで嫌だった。
全てをあきらめ現実的な仕事にシフトすることにした。

コールセンター派遣→出会い系サイトサーバ管理。

職場は過ごしやすく、仲間にも恵まれた。自分は営業は苦手だが、電話は割とこなせることがわかった。とりあえず生きていけると確信を得た。ゲストハウスをやってみたいと思ったこともあったが、情熱を注ぐほどのものではなかった。他にも色々やったがよく覚えていない。わかったことは、どんなに楽な仕事をしても飯を食うためだけの時間の切り売りであり、心は決して満たされないことだ。僕は一生美味しいご飯を食べ、仮に真鍋かをりと付き合えたとしても、満たされない生き物だということがよくわかった。
ご飯も恋愛も、一時的な快楽に過ぎない。子供も安心老後にもまるで興味がない。僕の親友に、親の言いなりで理学療法士になった男がいる。元々欲のない現実的な男だったが仕事は楽しいそうだ。そんな人がうらやましかった。

そんなこんなで最後にたどりついたのが文章だ。
きっかけはロンドンで無一文の頃、友達のおばさんが送ってくれた古本だ。東海林さだおの丸かじりシリーズに、五木博之の『生きるヒント』。
心が楽になった。本にはつまらないものも多いけれど、人の心を揺さぶる名著もあるのだと知った。
登録していただけで何もしていなかったミクシィで文章を書き始めた。
作家になりたい気持ちはまるでなかったけど、暇だったので書いてみた。
楽しかった。
「フリースタイルライフ」というWEBマガジンで書くチャンスも得た。
気が付いたら本を二冊出していた。

そうやって消去法でたどり着いた「書くこと」をあきらめてしまったら、僕の人生は壊滅してしまう。
枯れた脳みそを振り絞り、断念した小説をなんとか最後まで書いてみた。
最悪の出来だった。
読んでいても暗くなるだけで、面白くもなんともない。
後半部分はほとんどやっつけだ。
師匠である作家さんに悩みを打ち明けると、「小説は根性だ」と明快なアドバイスを受けた。

でももう疲れた。
根性なんて、僕にまだ残っているのだろうか?
僕は左腕にうっすら残る白い筋を見た。
病んでいた頃、カッターで引っかいた二本の傷。
ひとつは女にフラれた時のもの。もうひとつは、友人に頼まれた映像作品をやっつけで仕上げた時の跡だ。
5分ほどのミュージッククリップのようなものだが、出来上がった映像を友達に見せた時に酷評された。もちろんボツだ。自分でも最悪だと重々わかっていた。こんなものは二度と作りたくないと思い、マーキングの意味で印をつけた。
なのにまた、同じことをやってしまった……。
嗚呼……どうすればいいんだ?
夢をあきらめちまうか?
そんな時に会社倒産。
僕は何が書きたいのかわからなかったし、どうやって小説を書いていいのかもわからなかった。

それでも潜在意識君の言葉は僕の不安を払拭するのに十分だった。

チャンスだ。多分、始まりのタイミングなのだろう。

ロンドンで無一文になった時もそうだった。
3ヶ月でイギリスを去った。日本に帰り、2年間の会社員生活を送ったが完全に躁状態だった。満員電車に乗っているだけでも楽しかった。ぎゅうぎゅう詰めの車内、まったく関係のない金八の説教を聞いてみるのも楽しかった。文章を書き始めたのもその頃からだ。暴走する意識の言霊をマイクロソフトワードに吐き出すと、不思議と気分が楽になった。

ピンチのあとには確実にチャンスが待っている。

そんな法則をその時知った。
少しは蓄えもできた。身体も随分身軽になった。
食に欲がないのが幸いし、辛ラーメンとそばばかり食べ、一年で20キロの減量に成功した。オランダにはダイエットのために来たのかもしれない。ご飯がマズイ国でよかった。

書くための時間が欲しいと思っていた。
かといって実家に引きこもるのは後ろめたい。
ならば物価の安い国で、のんびりと小説でも書いてみようか?
色々調べるとインドとネパールは観光ビザでそれぞれ6ヶ月、5ヶ月まで滞在できる。自由を手にする無限ループゾーンだ。これらの国へはダイレクトで行くより、バンコク経由が安い。
タイ、ネパール、インド。
全部行ったことのある国であまり魅力はなかった。それでも何かはあるに違いない。
よっしゃ! 旅に出よう!

小さなラップトップに文庫本と大量のエロ動画。それらをスーツケースに詰め、2009年3月、僕はバンコクに飛んだ。

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まずは書くための机を探さねばならない。

バックパッカーの集まるカオサン近辺を回ったが、一泊250バーツ(約675円)以内の安宿にはなかなか見つからない。
旅の資金は限られている。およそ200万。エアチケットやビザ代などを差っぴき、一月7万円ほどで生活したとして、2年は持つだろうか?
2年後の、2011年3月頃には日本に帰っているのだろうか? それまでには納得のいく作品を一つでも書き上げたい。小さなコンクールでもいいから賞が欲しい。そんな風に思っていた。

ようやく机を見つけたのはSというホテルだった。
トイレと冷水シャワーの同居した6畳ほどの部屋だ。粗末なシングルベッドに机と椅子が一つ。天井には小さな扇風機がついているが、角度調整は不可能。眠る時はわずかなそよ風を体感できるが、机のある位置まで風は届かない。フロントから枕を二つ借り、硬いプラスチック椅子の背もたれにもたせかけた。尻の下にも敷いていよいよ執筆開始である。

楽しかったゲストハウス生活をテーマにした物語を書こうと考えていた。
事前に一人で舞台となる東京の下町、新小岩を巡り、イメージを膨らませるために色々な風景を写真に収めていた。平日の昼間からデジカメを抱えていると、不審者と思われることがある。エロ本自動販売機がずらりと並んだプレハブ小屋で写真を撮っていると、「すぐに出て行きなさい!」天井スピーカーから声がしてビックリした。
ぼんやりと写真を眺め、アイディアを練っていると、あっという間に30分が経過した。身体がじとじと汗ばんでくる。摂氏35度。トランクス一丁でも暑い。暑すぎる。
仕方がないので冷水シャワーを浴びると一時的に涼しくなった。
再び作業を続けるが、今度は排水溝からゴキブリが飛び出してくる。おまけに蚊。
友達は傍らに佇む馬の絵の入った瓶ビールだけだ。激しくぬるく、激しくマズイ。

それでも出会いの街カオサン。二ヶ月もいれば何かと知り合いはできるもの。調子に乗って酒を飲みまくった帰り道、通り沿いで爆睡している間に一万円のキャッシュを盗まれたこともある。まっ……安いもんだ。
後日現地で知り合った日本人が部屋に遊びにきたが、「独房…」と絶句された。
そうして観光ビザ最長期間の二ヶ月はあっという間に過ぎた。

続いて僕はネパールの首都、カトマンズへ飛んだ。
バックパッカーの集うタメル地区は、幅狭の通り沿いに5階建てほどの建物が連なり、屋上は大体ルーフトップレストランになっていた。排気ガスの香りに渋滞だらけの車の波。あちこちに、西洋人好みのサンドイッチやファーストフード店がごちゃごちゃ犇いている。たっぷりとコレステロールの詰まった毛細血管みたいな街だ。

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道のあちこちでシンナーを吸うストリートチルドレンを見た。孤児院を抜け出し、自由を求めにやって来たボーイたち。荷運びやゴミ漁りなどの仕事をしてどうにか食いつないでいる。年は小学生から高校生くらいまで様々。みな当たり前のようにアルミ袋を口元にあて、ふごふごやってる。シンナーより、そころじゅうに生えているマリ×ナにしとけと言いたい。

観光業に力を入れているこの国で机を見つけるのは容易だった。安ホテルでも調度品は驚くほど充実しているのだ。
気候は涼しく、作業ははかどった。一日4時間ほどの計画停電があるが、ロウソクを点せば問題ない。風呂トイレが別にある部屋で、バスタオル一枚を腰に巻いて廊下に出て、よく掃除のおばちゃんに笑われた。友達はシャワールームで化石のように固まったゴキブリ君だけだ。

朝一で浴びるホットシャワーが気持ちよかった。窓から注ぐ冷風が頬を射し、まるで雪見風呂にでも浸かった気分なのだ。
『アムステルダム裏の歩き方』の執筆もここでやった。
後々この本の読者からメールが来た。成田空港でこの本が店長のオススメになっているらしい。嬉しかった。こんな本をオススメしてくれた店長の人柄に敬意を表した。ネットを中心にひたひたと売れ、増刷もかかった。


(続く…)


机探しの旅②

2011年9月12日

旅に出て3ヶ月目、やっとこさ最初の小説が完成した。タイトルは『グッバイマネー!』。面白いかどうかよくわからないが、キャラクターは気に入っている。
すぐに原稿をメールで母ちゃんに送付した。印刷してコンクールに郵送してもらうのだ。

家族は僕が高崎ケンであることを知らない。友人は皆知っているが、絶対にウチの親にはバラさんといてと忠告してある。うちの親は寛容な親だが、黒人のチ×コをしゃぶったり、AV出演した話をどうして公表できようか。心配をかけたくない。
僕はいつか貯金が一千万くらい溜まったら、「昔はこんなこともあった」と語るつもりでいた。そのため、略歴の欄には一丁前に「フリーライター」としながらも、ペンネームではなく、本名で応募していた。母ちゃんは小説は読まないと言っていたが、目にする可能性は十分にある。

続いて書いたのは星座をテーマにしたファンタジー系の作品だ。
4ヶ月もかけて膨大な量を書いたが、ひどい仕上がりだった。5人の登場人物が出てきて、視点がばらばらになりすぎている。
それでも不思議なことに僕は気落ちしなかった。
いい失敗作だ。
この失敗をしたことで、次に同じ失敗をしなくて済むのだ。
あっという間に7ヶ月が過ぎたが、毎日酒とタバコを呑んでも驚くほど金が減らない。月の生活費は家賃含め5万円ほどだろう。
観光名所にも興味はない。宿から徒歩10分の王宮広場にも出国直前まで行かなかった。

こんな風な書き方をすると、僕が文章ばかり書いていたと思われるがそんな風でもない。ほぼ毎日、マイペースで少しずつ書くようにはしていたが、実際のところだらだらとマスを掻いている時間の方が長かった。
娯楽は本と動画だ。その昔の同居人が僕のHDDを勝手に使用し、たんまりとバラエティ動画を落としていたのが3年後の今になって役立った。
三十路の誕生日もロウソクの一本立った室内で一人きりのバースデイだ。動画があるので淋しくはない。
ドラマと映画も少し入っていた。僕はこれまで「俳優の演技のうまさ」というものがよくわからなかった。明らかな大根はわかるが、洋画の俳優は似ている顔があると混乱する。それでも色々見ているうちに、深津絵里と上野樹里は圧倒的に演技がうまいことがわかった。
1日10時間くらいは眠っていた。20時間眠ったこともある。それでも大量に時間が余る。無職は素晴らしい。
だが、小説を書くことが楽しいわけでもなかった。かといって苦痛でもなかった。

転機はインドのゴアだった。

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この頃から何故か書くことがまた楽しくなり始めていた。その気持ちはこれを書いてる今でも続いている。文章を書くことは僕に取って究極の脳内遊びだと気がついた。映画や写真は金がかかるが、執筆はパソコン一台あればどこでもできるリーズナブルな遊びなのだ。自分ひとりでも楽しめたので勝ちだと思った。何に勝っているのかはよくわからないが、一生支えてくれる杖を見つけたような気分だ。

世の中には3年続けてみろという言葉があるが、これは一理あるように思う。会社を3年続けろという意味ではない。数ヶ月で退職し、ノウハウだけ盗んで事業を起し、成功するような人もたくさんいる。
自分が見つけた好きなこと、やりたいことを3年続けていると、また別の面白さがわかってくるという意味なのだ。
その頃の僕も書くのを始めておよそ3年が経過していた。
一目ぼれした彼女=物書き=文子(ブンコ)。夢中でセックスしていた出会い始めはよかったが、その後オランダに行き、倦怠期を迎えた。息詰まって別れようと思ったこともあるが、ずるずる付き合っている内に、文子のフェ×テクと手料理が上達してきたのかもしれない。

執筆環境はまたしても「独房」だ。4畳ほどの部屋に粗末なベッドと極小サイズの扇風機。ゴキはいないがアリがウザい。ベッドで寝ていると、獰猛なアリに頻繁に肌を噛まれた。
天井が異様に低く、波型トタンの屋根と壁の合間には大きな隙間がある。そこからヤモリ君が頻繁に入ってきた。壁にピタリと張り付き彼は微動だにしない。バチンと手を鳴らしてみると、するすると壁を徘徊し、また落ち着く位置で静止する。一体何がしたいのかよくわからない。二次元空間だけで十分生きられそうな生き物なのだ。

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屋根の上には時々ウルサイヤツが遊びに来た。彼と初めて出会った日のことをよく覚えている。
ベッドで寝ているとなにやら頭上が騒がしい。プレハブ屋根からダンダンとものすごい音が聞こえてくる。外に出てみると、猿が飛び跳ねていた。噛まれると5回は病院に行かねばならないのですぐに部屋に戻る。日当たりがいいのかなんなのか、彼はよく屋根の上のフリーダンスを楽しんでいた。パーティーに行くつもりはないらしい。

そんな動物たちも友達だったが、ゴアではたくさんの人間の友達ができた。
無人島に行っても生活できそうな人ばかりだった。
料理に手芸に楽器にダンス。
「生きること」そのものを楽しんでいる人たちだった。アーティストも多かった。たくさんの刺激を受けた。
昼間書き、夜はパーティーという贅沢な日々だった。

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頼むから目の前で10分以上もぶちゅぶちゅやらんでくれ


※写真の一部は、友達のナル君のものです。ありがとう!


パーティーの無い日にはビールを持って徒歩5分の友達の家に遊びに行った。
街灯も何もない、真っ暗な道。教会周辺では獰猛な野犬の群れが網を張っている。『銀牙流れ星銀』の世界だ。悪い目をした犬たちが吼えまくっている。つかつかと早歩きをし、なんとかその合間を潜りぬける。走ると確実に追いかけてくるのだ。

友達の家では、おとなしいと評判の野良ネコに手を噛まれた。僕はヤモリくらいしか仲良くできない生き物らしい。

ある時カラングートビーチにある日本食料理屋に行った。オーナーのさっちゃんの作る醤油ラーメンが最高に美味かった。麺はインスタントを使用しているが、醤油スープにはゴマ油が入っていてパンチがある。山盛りのネギ。チャーシュー代わりのベーコンが小憎い。今のところ僕が食べたインスタントラーメンのチャンプだ。

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そしてカオサンと同じくこのヒッピーの聖地でも僕はめでたく失態を犯した。
以前にも書いたが、泥酔してピザレストランから3Mほど下の岩礁ビーチに転げ落ちてしまったのだ。

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事故現場


空を舞う間は完全に記憶をなくしていた。気が付くとインド人に身体を支えられ、女の子のバイクの後ろに乗せてもらってどうにか帰宅した。
翌日目を覚ますと、ベッドから起き上がれない。背中の打ち身が激しい。朝起きるだけでこんなに筋力を使うのかと驚いた。頭にも傷があり、やがてカサブタが取れると1円玉サイズのハゲができた。三十路の記念スタンプだ。その前日、友達と「ライクアローリングストーンっていい言葉だよねぇ」と話していたので妙な気分だった。
ゴアでは僕の人生観を変える体験もした。ここでは書けない不思議な体験がたくさんある。その物語はまた別の時に語ることにしよう。

その後僕はヒンドゥー教の聖地ハンピに一ヶ月滞在。あたり一面に巨岩がゴロゴロ転がった面白い街だ。


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気温40度。暑い。
ある時このあたりにドラゴンボールが隠されているという噂を聞いた。遺跡を少し探してみたが見つからなかった。
ある日本人ツーリストが、やがて生まれ来る子供のために、世界の7箇所にドンキで買ったボールを隠したのだという。いつの日か神龍が飛翔するのを願っている。 

再びネパールに渡り、またまたカトマンズに5ヶ月滞在した。
31になった。また一人きりの誕生会だ。ロウソクを灯して動画鑑賞する。
時にはドラマのエキストラの動きだけに注目するという、ジャンキー的視点で見ることもある。いくら日本社会でもあんなにお辞儀が繰り返されるわけがない。空いたスペースには何かをぶっこんでおきたいという意図が感じられる。まるでロボットだ。

ゴア歴10年のジャンキーは、大体毎日オムツを履いてテレビを見ることが多いと言っていた。ジャンキーさんは基本的にテレビっ子なのだ。ある歌手が「駅伝であきらめの決断をする選手の表情が面白い」と言っていたが、これもジャンキー的視点だ。僕はジャンキーではないがアル中に近い。なのでウルトラクイズの「わかったぁーーー!」という解答者の表情が好きだったりする。

インドに戻り、デリーのゴキブリ宿で一ヶ月、ヨガの街リシケシで一ヶ月。

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聖地リシケシ


瞑想はやったが、ヨガは1時間半のコースを一回しかやっていない。寒風吹きすさぶ11月。ちょうどお祭りシーズンであちこちで爆竹が響いていた。部屋にこもっていると、フィルターまで焼けたタバコから懐かしい花火の香りがした。ホットシャワーはないが水道の蛇口から熱湯は出る。バケツに溜めて体に浴びるのが至福のひと時だ。この街では赤いワンピースを着た女が牛に追い回されるのを目撃した。

その後僕はまたゴアに行った。
去年知り合った友人たちと、パーティー生活を満喫した。「ケンちゃんやばいよ、白人より顔白いぜ」と笑われた。出歩くのは夜が中心だったし、お肌が弱いのでUVクリームを塗っている。ヒッピー村のチャポラで僕はかなり怪しい存在だったに違いない。日本人がさほど多くはないのですぐに顔を覚えられた。

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天井の高い家。快適だった。


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家の前の沼。豚に孔雀にカワセミ。いろんな動物が遊びに来る。


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村にはまったく関係ないが、レストランのスパゲッティにハマった。味はトマトソースとホワイトソースばかりなのですぐに飽きる。それでも食べる作業そのものが楽しかった。スプーンを使ってスパッゲッティをぐるぐるフォークに絡めるのだ。それまで僕はスパッゲッティの食べ方がよくわからなかった。どうしてみんな、あんなに綺麗に食べられるのだろうと不思議に思っていた。

光や煙、ホコリにもハマった。
暗闇のなかでペンライトをつけ、タバコの煙を観察するのが面白かった。
部屋の天窓から射しこむ日の光。その帯のなか、くるくると舞うほこりが綺麗だった。ぶつかったり踊ったり、くっついたり離れたりして、やがて見えなくなる。世界の縮小版のように思えた。
日本から友達が遊びに来た。エロ動画の差し入れをしてくれた。全部で20枚。真っ白なディスクに「和10」「洋5」などとマジックで書かれている。わかりやすくて助かった。彼は、毎度僕の本が出版される度に10冊も買ってくれる。素晴らしく優しい人だ。
そしてこの村でも僕は何度か失態を犯した。いつものように泥酔して路上で寝てしまうのだが、近くに神聖な木があるせいか、何も盗まれなかった。壁にもたれかかり、立ったまま眠っていた時には度肝を抜いた。


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パーティー風景。深い酔いから記憶が戻り、いきなり友達ができていることもあった。泥酔してない限り、外人の女とは仲良くなれない。

そうして季節は2011年3月を迎えていた。当初決めていた2年はまもなく経過しようとしている。
この時点で書いた小説の数は長編七本、テレビドラマ用のシナリオが四本、映画シナリオが一本。最初に書いた『グッバイマネー!』は既に2度のコンクールで落ちていた。成果はテレビドラマのシナリオが一本、二次予選までいっただけで、あとは一次も通らない。結果は出なかったが、焦ってもいなかった。気長に待てばそのうち成果は出るだろう。

直木賞作家の浅田次郎氏は13歳から書き続け、40歳でデビューした。宗田理氏が『ぼくらの七日間戦争』を発表したのは50代後半。歴史小説家の加藤廣氏は75歳でデビューしている。
大好きな彼女の文子を嫌いになってはいけない。文子が老いることは決してない。
テレビAD時代の方が100万倍キツかった。中学時代は1000万倍キツかった。

思いのほか印税が入ったので、秋くらいまではネパールに籠もって書こうと思っていた。
そうして僕は首都デリーに飛んだ。目指すは安宿街のメインバザールだ。


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デリーの安宿街、メインバザール

ところが愛用のパソコンがいきなり壊れてしまった。大好きな彼女と脳内セックスすることができなくなった。不思議なことにその日パソコンを起動する前に、コイツが壊れたらピンチだなと妙なことを考えていた。
日系の会社に修理に出して一度は直ったものの、すぐにまた起動しなくなった。実家に連絡してパソコンを送ってもらおうかと思ったが関税がむちゃくちゃかかる。あきらめきれずにもう一度修理に出した。ダメなら一番安いのを買おうと思っていた。

はて……困った。
パソコンがないとやることが一気に減る。こんな時こそ酒だと思い、久しぶりに飲みに行くことにした。
日本人の溜まり場へ行くと、気の合う野郎二人と出会った。しこたま酒を飲んで楽しい話をした。面白そうなスポットの情報も得られた。やはり、ピンチのあとには素敵なチャンスが待っているのだ。パソコンが壊れていなかったら彼らとも出会わなかっただろうと妙な喜びを覚える。いや、元々そんな風に思いたかったから飲みに行ったのだ。

翌日。
修理業者からパソコンが直ったと連絡が来た。その日は閉店間際だったので翌日取りに行くことにした。母ちゃんにその旨伝えようかと思っていたところ、いきなり電話が来た。
「角川の小説コンクールで最終候補の4人に残ったよ!」
 体全体がメロンフロートの気分だ。爪先から頭のてっぺんまで駆け抜けるパンチの効いた炭酸。アイスクリームな僕の脳みそがふわふわと宙に浮かんでいる。

 強力な何かに、引き寄せられるような感覚だった。
 自分が当初定めていた2年。ドンピシャのタイミングでこんなことが起きていいのだろうか? いや……まだ受かったわけじゃないし……ここまで来て落ちたら……ヤだな。
 そんな風に考えてはみたものの、多少の自信はついた。角川春樹様、並びに事務所スタッフの方々に深々と感謝を捧げた。僕は絵葉書に「高崎ケン」であることを書き、デリーから事務所へと郵送した。

そして翌日、3月11日。
日本列島を震撼させたあの巨大地震が起きたのだ。
 パソコンの修理業者に取りに行く連絡をした際、地震のことを告げられた。
 実家に電話を入れるが繋がらない。メールを打っても返信が来ない。オヤジの携帯はこんな時でもhotmailセキュリティ拒否だ。ネットを見るがよくわからない。色々キーワードを変えて検索してもロクな情報が出てこない。防災グッズの宣伝ばかりで腹が立った。
 ミクシィボイスで呟くと、たくさんのマイミクさんから北海道、並びに兄のいる川崎は大丈夫だと情報が入った。有り難かった。それでも相変わらず親や兄からメール返信が来ない。本当に大丈夫なのか? 

 そんな不安を抱きながらもパソコンを取りに行くことにした。
その道中、昨晩出会った若者のことを思い出した。明日ご飯でも一緒に食べようと言っていた男の子だ。
 その彼は仙台出身だった。
 携帯で一報を伝えると、寝耳に水だったようだ。彼はすぐに帰国に向けて動き始めたので食事会は流れてしまった。後日連絡を取ったところ、ご家族は全員無事だったそうだ。というわけでマイミクのY君、いつか一緒に飲みましょう。

 二日後、家族との連絡がついて一安心した。
 そして僕はデリーから山麓のマナリに向かった。
 想像以上にデカイ山があたりにそびえ、猛烈なパワーを感じる村だった。


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山頂には白々と雪が積もり、日の光でキラキラ輝いている。泊まった宿には日本人女性が一人、彼女もまた仙台出身であることに驚いた。家屋は滅茶苦茶になったが、こちらもご家族は無事らしい。
 寒かったので部屋にこもって「ファッションTV」ばかり見た。地震のニュースは激しく気が滅入る。モデルはマリリンマンソンを彷彿させるガリガリさだ。乳首に気をとられて服がよく見えない。キャットウォークの先端でTAOがポーズをキメる時の目が最高にカッコ良かった。

http://www.youtube.com/watch?v=gA3W_7JQTZY

 
一ヶ月の山篭りのあと、僕はネパールのポカラに飛んだ。


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ポカラの子供たち


山の後にはまた山。ヒマラヤの見えるバルコニー付きの宿だ。
真夜中の室内に羽虫が飛び込んだ。光のなかで死んでゆく虫、最後は光を見たかったのか? 夜に鳴く鳥、ピーチュチュチュ。夜になっても歌いたいのか?

ロケーションは抜群だったが、ここでちょっとした問題が生じた。
一日14時間の計画停電なのだ。
これまでは4時間~8時間ほどだったが、時期が悪かったらしい。
ラップトップのバッテリはフル充電しても2時間も持たない。
ホテルスタッフに計画停電のシフト表をもらったが、曜日によって電気の使える時間帯はバラバラだ。月曜日は11時~15時と23時~26時。木曜日は16時~20時、27時~8時……どんな時間帯じゃ!
そのため、停電中はネットカフェで書くことになるのだが、23時には閉まってしまう。

なるべく家で書きたかったので停電表に従って毎日バラバラの時間に起きることになった。
最初は不便な生活かと思っていたがそうでもなかった。
思わぬ喜びもある。予定時間より早く電気が流れる時だ。このご褒美は嬉しかった。損しているはずなのに、儲けた気がした。
頑張れ電気、頑張れ電気。
そんな風に勝手に応援していたが、たまに裏切られ、予定より早くストップしてしまうこともある。
蛇口をひねってもまるで水が出ないこともあった。そんな時はミネラルウォーターで贅沢な洗顔を堪能した。

さっき、テレビで「節電対策」の特集をやっていた。どうせアピールするなら、どうでもいい熟女女優のしわを幻に変える照明を失くすべきだ。ロケ中継の度に、しわの数が増える芸能人を見ると痛々しい気持ちになってしまう。
本気で節電を訴えるなら、14時間停電でも明るい笑みを浮かべるネパール人の姿を映すべきだ。この国は本気で貧しい。出遅れた国だからだ。文明人はこれを機に、当たり前にある電気ガス水道の有り難味を知るべきだ。発電機が回らないならみんな働かなければいい。それでも仕事は回る。どうにか回る。

ロウソクのある生活は楽しいよ~!

ポカラ滞在期間は一ヶ月強だった。
先ごろ事務所から連絡があり、5月12日に最終結果の通知をするのでその時には日本にいて欲しいというのだ。
帰国してまで、落ちちゃったらどうしよう? そんな不安が頭をよぎる。待たされるのは誰でもイヤなものだ。同じく他の候補者たちも神経をすり減らせているのだろう。

いい結果を期待するとうまくいかない気がした。それでも期待は止められない。親は喜んでいたが、もし受賞できなかったら、僕としては肩身が狭い。胸を張って受賞の喜びを応援してくれている友達にも伝えたい。不安と期待は延々とループする。頼みの潜在意識君も何の反応もしてくれない。「大丈夫だよ」と声が聞こえるような気もするが、これは暴走する意識の言霊ではないのか?
とりとめもない当惑をクロージングさせるため、僕はこんな風に考えることにした。

結果は全て神様に任せるのだ。
受かってもダメでも、必ず自分のいい方向に流れていく。

ここでいう神様とは、絶対的な権力を持つ存在のことではない。
僕にとっての神様とは、自然のことだ。
山だ。海だ。木だ。花だ。
そしてこの世にある、目に見えない、強力なエネルギー。それら全部が僕にとっての神様なのだ。
そんな風に考えると気分が落ち着いてきた。
帰国日を5月11日に定めた。手早くチケットを買い、バンコク経由で帰ることにした。

こうして僕は2年ぶりにバンコクに飛んだ。

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カオサンにはKFCができていた。
そびえたつ巨大看板に相変わらずカオサンの空は窮屈そうだ。あちこちから流れるとげとげしい爆音ミュージック。夜中になるとギャアギャア叫ぶ西洋人女たちの歓声。それらは故障寸前のハードディスクの異音を思わせた。完全に容量オーバーなカオサン。それでもこの狭い通りに漂う活気が僕は好きだ。

最後なので、一泊1500円のいいホテルに泊まった。キンキンの冷房もホットシャワーもついている。テレビはあるが冷蔵庫はない。陽気なオカマスタッフの笑顔に癒された。

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2年前にも飲んだ友人と、久しぶりの再会を祝してしこたま飲んだ。
そしていつものように泥酔した僕は、この旅一番の失態を犯してしまった。
翌日目覚めると、激しい二日酔いが胃の中を掻き毟った。ベッドから転げ落ちている。記憶はまるでない。財布を確認すると、現金およそ9000円が抜き取られている。カードは無事だ。部屋にはなぜか新品の歯ブラシケースの残骸が転がっていた。浴室には2本歯ブラシがある。そんなことはどうでもいいが、所持していたカバンが見つからない。その時に限ってデジカメと変圧器が入っていたのだ。

さすがに凹んだ。金はどうでもいいが、デジカメにはバックアップの取っていない写真が少し入っている。
その後カオサン近辺で聞き込みを開始した。誰に聞いていいのかわからなかったが、通りを歩いていると、ビール売りの兄ちゃんに笑われた。「昨日はスゲエ酔ってたなぁ~」
聞けば、僕は路上で目覚めたあと、フラフラと起き上がって、その場に転がっていた台車を転がし遊んでいたらしい……頭が痛くなった。

落し物が届いていないかと、ツーリストポリスと警察署を訪れるがもちろんなかった。ツーリストポリスにはビール睡眠薬強盗で色々なくした日本人青年が死にそうな顔を浮かべていた。それでも盗難保険に入っているらしい。僕は盗難保険に入っていないし睡眠薬強盗にも合っていないが、カオサンで二回自爆したと告げた。

警察署ではものすごい剣幕で西洋人おばさんが怒鳴っている。ファックユーだ、シットメンだなんやかや。どうやらホテルスタッフに金を騙し取られたらしい。警察は埴輪のように無反応だ。一通り爆発し終えるとおばさんはあきらめ顔で後ろを振り返り、僕の顔を見た。スッキリしたのかナイスなスマイルを浮かべていた。

結局あきらめ、同じモデルのカメラを購入する頃には僕の気分も晴れていた。アルコール記憶障害にはサフランがいいと知ったので百貨店をチェックしたが高かった。気休めにターメリックカプセルをしこたま買い込んだ。

夜、スクンビット通りの路上占い師に見てもらった。手相とトランプで270円ほど。引いたカードの数字で今後の運勢を占うらしい。何を引いても「ワンダホー!」と言うので気分が良くなる。誰にでも否定的な意見を言わない趣旨なのだろうが、占い師はこうあるべきだ。地獄に落ちるなんて持ってのほか。占いはいいことだけ信じていればOKなのだ。

そんなこんなであっという間に一週間が過ぎた。

続く……


机探しの旅③

2011年9月11日

5月10日深夜2時。
 C航空に乗り、上海経由で成田へ向かう。キンキンの冷房をイメージしていたが飛行機のなかは暑かった。電気代を節約しているのかトラブルなのか、ビールを頼むとぬるいのが出てきた。氷もない。
神様は最後の最後まで僕に冷蔵庫の支給をしてくれないらしい。出された機内食は袋に入ったスナック菓子が中心。どれも食指の動かないものだったが、試しに一つ開けてみるとなぜか細切れのたくあんが入っていた。

 早朝、上海の空港に到着。
空港の待合室で、同乗した日本人女性に話を聞くと、彼女の席はリクライニングがまるで効かなかったらしい。スッチーに告げると「ここは非常口なので倒れないの」とにべもなく断られたという。空席は結構あったので移動を勧めてもいいと思うのだが……。

 冷たい水が飲みたかったので自動販売機を見ると、ボタンが三つ並んでおり、それぞれ「温水」「温水」「熱水」の文字がある。

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なぜに温水が二つあるのか? 元々は冷水だったが排除したのか?
 暇つぶしに自販機を見るとスプライトには「雪碧」の文字。むちゃくちゃカッコいい。カリスマエナジードリンクのレッドブルはそのまんま「紅牛」だった。

搭乗口から飛行機までつなぐ通路には、いくつものポスターが貼られていた。博士帽子を被った笑顔の女性や、握手している手のアップの写真が並んでいたが、どの紙にも「成功」の二文字のみ。一体どんな意味があるのか謎だが、不思議とテンションが上がってくる。明日には小説コンクールの結果発表が待っているのだ。

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そして、ようやく到着した成田。
2年2ヶ月ぶりの日本だ。
雨が降っているせいか、じっとりと重たい空気を感じる。
すぐに喫煙室に飛び込むと独特の緊張感を感じた。

誰も目を合わせない。
誰も独り言を言っていない。
誰も歌を歌っていない。

日本→タイ→ネパール→インド→ネパール→インド→ネパール→タイ→日本

旅行ではなく、まるで移動のような今回の旅で印象的だったのは、現地人の好奇心の強さとあまりにも歌っている人の多いことだった。
他人の目なんか気にすることなく、バンコクのネットショップ屋店員はいつも一人で歌っていた。二店舗に行ったが両店のスタッフとも明らかに男色家と思われる。可愛らしいハイボイスが、冷房でギンギンに尖がった空気に心地よい丸みを持たせていた。

ネパールの服屋へ行った時は歌いながら店員が近づいてきた。インドのウェイターはメニューを眺める僕の横でダミ声ソングを熱唱していた。聴いて欲しいというよりはただ歌いたいだけのようだった。それでも、どの国でもデパートや飛行機内など、ハイソサエティな場所では極端に歌の数が減った。金持ちの間では静かにするのが流行りらしい。

喫煙ルームにはゴオオと空気清浄機の音だけが響いている。
これが、日本社会独特の冷淡さなのか? 僕は再びこの社会に溶け込めるのか? 歌いながら仕事するくらいのノリがちょうどいーんでないんか?
そんな風に思っていたが、さすがは日本。空港内で冷たい水が飲めるのは当たり前として、道を尋ねても誰もが恐ろしく親切だ。どこに行っても深い深い安心感で満たされてくる。
若者殺しの時代だなんてどうでもいい。不況なんて僕にはまるで関係がない。やっぱりこの国に生まれて良かったのだ。

成田から鈍行で羽田へ。切符を買うときはまるで買い方がわからなくなっていた。
電車に乗ると、「お忘れ物のないように」「まもなく」「乗り換えは―」親切な車内アナウンスの雨あられだ。
羽田空港では「重ねましてホニャララ」が連呼されている。
立ち食いコーナーで天玉そばを食す。涙が出るほどうまい。
海外では、外食は誰かと楽しむために存在するものだが、日本では一人でも
他人の視線を気にせず楽しめる店が多い。引きこもりにはもってこいな国だ。

待合室でテレビを見る。
「男ですいません」のジョージアCM。面白いCMだった。けれど「女ですいません」と言ったら大変なことになる。これが今の日本社会なんだろう。
 
料理男子。眼鏡男子。
男子と呼んでいいのは何歳までだ? せいぜい20代までじゃないだろうか? それでも若く見えるならまだいい。テレビに映る料理男子は明らかにおっさんだ。あと10年もし、僕が40代になる頃には、更なる受け皿が必要になるだろう。あと30年もし、僕が還暦を突破する頃には一体なんと呼ばれているのか? グランドパパ? ジェントル? ダンディボーイ??

2年も経つといつの間にや芸能人も老けている。

変ってないのはタモさんと鶴べえだけだ。

スカイマークで故郷札幌へ。飛行機のチケットの裏には楽天50円DVDレンタルの広告と花やしきの割引券。どうしてすかいらーくの割引券がないのだろう?
どうでもいいがシートベルトの日本語訳は、「お座敷ベルト」らしい。
窓から見える夜の空港は美しかった。
カラフルなライトが花のように浮かんでいる。いつかは滑走路の上を走ってみたい。限りなく猛スピードでジャンボジェット機と競争するんだ。もちろん、走りながら「オマ×コー!」と絶叫するのは忘れまい。

目を覚ますと新千歳空港に到着していた。
バスで実家の最寄り駅へと向かう。空港内でもらったパンフには美味しそうなお土産の数々が並んでいる。
ラーメン、しめ鯖、いくらに寿司に、スープカレー。
旅の途中、何度も何度も脳内妄想で食していた。食べまくりたいと思っていた。ところが日本に帰った途端、その気持ちはかなり薄れていた。いつでも食べられるからだ。

駅からタクシーで実家へ。
バス通り沿いに見える飲食店は幾つも入れ替わっている。いつものことだ。毎年帰省するたびにどこかのテナントが変遷していくのだ。それでも囲碁サロンは割と近くに二店舗あるが、どちらもご健在のようだ。皮フ科の『フ』もご健在だ。多分、僕が死ぬ時になっても『フ』のままでいるのだろう。ネパールはタメル地区でも、雑居ビルの片隅に貼られたくしゃくしゃのポスターはずっと2年間、くしゃくしゃのままだった。変らないものは街の片隅にひっそりと存在しているのだ。

タクシーを降りるとすぐに母ちゃんが出てきた。
「やっぱりやせたね。うちで少し太んなさい」
時刻は23時過ぎ。
リビングに行くと眠そうな顔の親父がいる。
予想通り頭頂部の砂漠化は進行していた。これだけは違うDNAだと今でも信じている。
リビングにはオヤジが日曜大工でこしらえた家具がいくつも並んでいた。「そのうちそばも打つのか?」と尋ねたところ、「今のところDIY(自分の手で生活空間を工事するの意)に夢中だ」と言ってきた。

嬉しかった。オヤジは元々建築家志望だったが、地元の四流大学を卒業したあと、結局堅実なガスの道を選んだ。出世にも長いこと縁がなかった。そのオヤジの夢が、還暦間近になった今、叶っている。いや、自分で叶えているのだ。

デジタル非対応の小さなテレビはシャープのアクオスに様変わりしていた。ちょうど時期的に買い換えようとしていたところ、年賀状のお年玉くじで一等を当ててしまったらしい。今年壁紙を張り替えたらしく、リフォーム会社から来た年賀状が我が家に幸せをもたらしてくれたようだ。先方の手違いでなぜか葉書が二枚届いており、番号はバラバラだったという。もしかしすると昨今流行の「引き寄せの法則」が働いたのかもしれない。

少し待つと、好物のなめこ汁と筋子にご飯、簡単なサラダがでてきた。
美味い美味い。
なめ子も筋子も裏切らない。いつだって舌の上でねっとりと上質の愛撫を奏でてくれる。僕には文子も含め、少なくとも3人の彼女がいることになる。
日本の米は、ダントツで世界一だ。粘り気がまるで違う。
親は二人とも眠そうだったが、話題は尽きなかった。

日本で使える電話を買わねばと母ちゃんの携帯を見せてもらった。メール欄をチェックするとオヤジから頻繁に入っている……が、どれも内容は「帰宅」の二文字だけ。そのまま「今から帰る」の合図らしい。「『き』って入力すると一発で帰宅に変換できんだよ」得意げにオヤジが語っている。

パソコンでネットを見るとやたら重い。オヤジに聞くと「調子いい時と調子悪い時があるんだ」と赤ら顔で語ってくれたが、単純に一時ファイルが溜まっているだけだった。
音楽ファイルを一つダウンロードしてみると、ネパールやインドで30分かかっていたものが3秒で落ちた。感動した。

食後。バスクリンの湯に浸かってこれまでの旅を振り返る。
2年2ヶ月。

長かった。
日本でサラリーマンやってた時より三倍増しで長く感じられた旅だった。
楽しかった。
書いたりしこったり。飲んだり踊ったり。欲望に忠実に生きてきて良かった。
終わった。
机探しの旅が終わった。
カレーだらけの毎日が終わった。
冷蔵庫のない生活が終わった。
泡だらけの生ぬるいビールを飲むこともしばらくない。
始まった。
浴槽のある生活が始まった。
ウォシュレットとトイレットペーパーの生活が始まった。
風呂は有難いが、お尻の処理は今でも指でイイと思っている。
その方が清潔だからだ。

翌日。5月12日、運命決着の日。
吉報は夕刻16時半に訪れた。
「健太、電話だよ!」
 寝ていたところを母ちゃんに叩き起される。
 一階に降り、受話器を握ると、真面目そうな男性の声が聞こえた。
「先ほど選考が終わりまして~」
 声のトーンが低い。ダメだと思った。無理だと思った。
「大賞に決まりました! おめでとうございます!」

 やったーーーーーーーーーーー!

 心のなかではない。本気で大声に出して叫んでしまった。
ソファに座る母ちゃんも同様にやったーーーーーーーーーーー! を叫ぶ。

電話を切り終えても心臓がバクバクしていた。
死にそうだ。死んでもいい。死にたくないが、死んでもいい。
いやいややっぱり生きていたい。生きていたいし、生きている。
引き寄せられた。確実に引き寄せられた。見えない何かに、まるで吸い寄せられるように―。

 すぐに北海道新聞の人から電話が来た。「おめでとうございます!」まだ顔も見たことのない地元のエース企業の社員さんから祝福の言葉を受けるとは夢にも思わなかった。
明日の新聞に小さな記事が載るのだという。翌日は写真撮影と1時間ほどの取材があるそうだ。何でも今年北海道在住の人で何人か文学賞を受賞したので力を入れるつもりだという。私服の方がいいと思いますよ、とのことだ。
前職は何をされていましたか? と尋ねられ、「オランダでアダルトサイトの仕事してました」と告げると、一拍の間があり、「はぁー、なるほどー、オランダのIT関係の会社ですね?」と返された。確かに、IT関係は幅広い。

電話を切り終えはたと困った。
着るものが何も無いのだ。
スーツケースに詰めて持ち帰った衣類はハーフパンツにボロボロの綿パン、カオサンで買った大量のTシャツ。靴だけはナイキを仕入れていたがほかはどうする?

タンスを漁った。
まったく自分は何をやってきたのだと絶望した。
チェーン付きの原色ロングTシャツにぶかぶかの迷彩パンツ、赤黒チェックのパンクなズボン。ほとんど90キロ時代に買ったイタイ代物だ。あの頃の僕はとりあえず目立てれば何でもイイと思っていた。カレーダイエット(?)に成功し、現在の体重は61キロ。1.5倍の代物を無理やり着るわけにもいかない。

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5年前(いつもパンク)

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NOW(いつもジャージ)


 ようやくマシなボタンシャツと、色あせたジーパンを見つけた。その上にオヤジの3980円の黒いジャケットを着てどうにか見栄えが良くなった。

美容院に行った。床屋に行ってほっぺたのヒゲも剃ってもらった。
家に帰ると母ちゃんが「鼻の下のヒゲは剃った方がいいんでないかい?」と言ってきた。「ヒゲが重要なんだ」と僕は返した。

母ちゃん携帯にいつもの「帰宅」メールが届く。あと1時間もすればおやじが帰ってくる。既に受賞の知らせは伝わっているらしい。
喜びに浸りながらテレビを見ていると、突然母ちゃんが口を開いた。
「健太に見せたいものがあるんだけど」
促されるまま二階の主寝室に行った。母ちゃんが納戸を開け、アマゾンのダンボール箱を取り出した。

アマゾン……。
嫌な予感がした。

なかにはやはり、高崎ケン氏の本が詰まっていた。

『ホスト裏物語』『ザ・ドロップアウト』『アムステルダム裏の歩き方』『正社員からの転落』単行本に文庫、全部2冊ずつある。自分たちと兄貴の分のようだ。
バレてたのか……。

きっかけは出版社から届いた源泉徴収の入った封筒だった。間違って開けてしまったのだという。今年の1月ごろのようだ。
同じ頃、僕は母ちゃんに通帳の記帳を依頼していた。貯金残高が知りたかったのだ。もちろんそこには時折入る数万単位の印税も刻まれている。バレる可能性はあった。だが僕の書いた原稿を「読まないことにしている」そう語っていた彼女なら、大丈夫じゃないか、そんな風に思っていた。

ある時電話をした際、「貯金が思ったより減ってなかったけど、副収入があるようだね」と言われた。バレたかと思ったが、刻まれているのは小さなカタカナ文字だ。僕は時々出版社から校正のバイトが入ると適当なウソをついた。母ちゃんは「ああそうかい」とそれで納得しているようだった。
 実際はその収入から、高崎ケン=又井健太という図式が家族たちの間には出来上がっていたらしい。

「読んだの?」僕は訊いた。
「お父さんだけ全部読んだ」母ちゃんは言った。「兄ちゃんは健太が読んでいいって言ってくれたら読むって言ってたけど、お母さんはまだいいかな」
本来本を出したなら喜ばしいことなのに、なぜ次男坊がひたすら隠しているのか?

その理由は彼らも気づいていたらしい。
僕は自分の体験を簡単に語った。水商売やAV、アダルトサイトで働いていたことを言った。最後に、人を騙すような仕事だけはしていないと付け加えた。

アナルファックの話はもちろん隠した。

「お母さんはね」母ちゃんが言った。「なんか、自分の子供がプロレスに出るのを見に行くみたいで、怖くてなかを開けないの。けど、健太がそういう過去を乗り越えて元気になったので安心したわ」

彼女が笑った。

病んでいた時代には親にも随分心配をかけた。
あの頃の僕は、色々な知り合いに時間を問わず、電話をかけまくっていた。女が捕まらなければ同じように病んでいる男だ。気持ちを紛らわせたかった。不安でいるのは一人じゃないと安心したかった。自分に余裕がないので他人のことばかり気になっていた。
病んでる人ほど人にすがる。だがそれでは根本的な解決にならない。そんなことを知ったのは、だいぶ経ってからのことだ。

合法ドラッグを鼻から吸いこみ、電車内で見知らぬおばさんに向かっておかしな言葉を言ったこともある。隣の席に座っていた友人には迷惑をかけた。

飲み会のあと、駅の切符売り場で「どなたか百円くださーい!」と一人叫び続けたこともある。金はある。確か五千円札が一枚で崩したくなかった。だが、本当の理由は誰でもいいのでかまって欲しかったのだ。5分後……チャリン、僕の足元に百円玉が転がった。投げてくれた人は僕の顔を見ぬまま改札を潜り抜けていく。

完璧にヤバイ人だった。

この時の僕の状態を分析すると、恐らくは自己愛性人格障害と軽度の躁鬱病ではなかったのかと思う。前者は自分を偉大で特別な存在だと思い込み、うまくいかないと自殺したり、自分勝手に他人に救いを求めたりするのだ。
僕はこの頃友達に「甘えている」とよく言われたが、自分がいろんな人に甘えているという事実に気づいていなかった。

社会という名のサッカーグラウンド。ユニフォームを着てフィールドに出たものの、ゴールがどこにあるのかわからなかった。毎日毎日、ボールを回されても、明後日の方向に思い切り蹴り上げているだけだった。今も大いに他人に甘えているが、少なくともそれを自覚することはできる。当面のゴールも見つかった。

病める時代はサイクロンのように僕の内側を通り過ぎていった。
自分から人を求めなくなった。すると、回りがどんどん寄ってくるようになった。奇をてらっているわけではない。それでも人と違うことをしている人は、何かと注目されるらしい。果たして世界に「机探しの旅」をした人は何人いるのだろう? 今回の旅でもたくさんの友達が遊びに来てくれた。色々なものをくれた。感謝している。
 
無事取材が終わった翌日の晩、おやじのおごりでつぼ八に行った。
賑やかな宴だった。
これまでの仕事などを喋った。親は笑ってくれた。それでも僕はオヤジに本の感想を訊けなかった。「プライド破壊」のために、ゲロ塗れのAV女優の口にイチモツを突っ込むも、まるで自分の世界観は変らず、「ただ気持ちいいだけだった」そう語る高崎ケン氏への感想など、どうして聞けよう。

それでもホッとした。迷いがなくなった。
いつだったか、潜在意識君だか意識君が言っていた「大丈夫だよ」の言葉は本物だった。

人生で抱く心配なんて、杞憂に終わることが圧倒的に多いのだ。

友達との酒もイイが親との酒もまたイイ。
その日は珍しく記憶が飛ばなかった。

翌朝、新聞に僕の本名とコメントが載った。小さな記事だ。
ところが朝から引っ切り無しに電話がかかってくる。珍しい苗字だからだ。
 なぜか団地時代のおばさんが多かった。
「あのお母さんがいないといつもベソかいてた健太君がね~」
「あのいつも靴の右と左間違えて履いてた健太君がねー」

もうベソはかかなくなった。靴の左右の区別もつくようになった。
ただしTシャツや靴下裏返しは今でもしょっちゅうある。ベルトの付け方も最近までよくわからなかった。

自分のなかで、変らないものと変ったものがある。
一番大きく変ったものは考え方だ。
よく、二十歳までにできた人格は変らないという話があるがそんなのウソだ。

僕は中学から25まで、頻繁に自殺願望を抱いていた。高校時代の彼女とのデート、国際交流でアメリカへ行った10日間、それから大学入学後の魔法の二年間を除いては、ずっとネガティブだった。桜並木を見てスキップする人の心境が理解できなかった。いつも元気な人がうらやましかった。絶対にポジティブな人間になれないという自信があった。

ロンドンで無一文になった。やりたいことを見つけた。少しずつだが行動を積み重ねた。その結果、今となってはネガティブだった頃の自分が理解できない。

同じ悩みを延々ループで考えこんでしまうネガティ部所属の人がいる。嫉妬や批判、他人との比較、自己嫌悪、完璧主義。

全部癖だ。

考えすぎの人は意識のジャンクションが渋滞しているのだ。どろどろのコールタールや砂砂利を積んだトラックが、いつもひっきりなしに蠢いている。交通整理は潜在意識君に任せよう。要するに、何も考えない練習だ。

人は悩みがあると意識の絵の具で次々にいろんな色に上塗りし、どうにか落ち着こうとする。だが本当に重要なのは、自分にとって嫌な感情をなるべく考えない癖をつけることだ。
病んでしまう原因は考え方の癖なのだ。

瞑想をやり、すべては自分が作り出していることがよくわかった。地獄の正体は全て自分。だからといって、どうしてこんな風に生まれたのだと、自分を憎んではいけない。
酒やアートで気を紛らわせるのもいいが、少しずつでも、能動的な活動を続けること。

毎日感謝できることを見つけること。イヤな気持ちは翌朝には忘れるような癖をつけること。
自分をできるだけ気持ちのいい状態にしておくと、不思議といいこと、いい人が寄って来る。僕は人生は行動が全てだと思っていたが、行動にポジティブな感情が加わると爆発的エネルギーを引き起こす。ゴアで身を持って知ったことだが、人間の頭からは明らかに目に見えない「気」のようなものが出ているのだ。

僕の経験ではこんなことがある。
最初のホスト本を出した時の担当者は、僕が出版社に企画書を送る前に知り合っていた。その半年前、プロフを見て面白そうな人だと思った。ミクシィメールを送ると、返事を頂いてマイミクになった。もちろん出版社の人であることは知らなかった。先方は気づいていたようで、実際にその人に会った際、その旨告げられて驚いた。

二冊目の出版社の人にも面白い縁があった。

大学時代にタイのアユタヤへ行った際、非常に印象的な30代の男性に出会った。「日本タイ友好の店」と書かれた日本食屋のオーナーだ。メニューは三品しかないが醤油ラーメンが猛烈に美味い。二郎(注:慶応大学の隣にある店)風味だ。
訊けばやはり慶応の先輩だった。大手広告代理店を退社し、大好きなタイで仕事を始めたそうだ。代理店の仕事も面白かったようで「サラリーマンになるならもう一度あの会社に入りたい」とも語っていた。

その前はプロ野球選手を目指していたそうだ。大学の野球部は一年生しか入部できないのでそのためにわざわざ留年したのだという。そんな情熱があったのに、店のなかはなぜかサッカーグッズだらけだ。

彼にはタイ人の彼女がいたが、知り合ったきっかけも変わっていた。ある時、自分の家の2階のベランダに誤って閉じ込められてしまったのだという。鍵を持たぬままドアを閉めてしまって家のなかに入れない。パニックに陥っていると、隣の住人が助けてくれた。それが彼女との出会いだった。

そんな印象的な人と、出版社の人は広告代理店の同期だった。かの日本食屋オーナーは同期一番乗りで会社を辞めたのだという。「サラリーマンになるならもう一度あの会社に入りたい」と言っていたのに……。

不思議な出会いは、全て自分が望むものばかりとは限らない。
僕がオランダで働いていた時、5年ぶりにある男に再会したことがある。それは、以前僕をボコボコに殴ったAV監督だ。
ある日街角でばったり出会うと、向こうの方が気まずそうだった。改めて謝罪を受けた。一時はトラウマとなった男だが、彼と目を合わせて喋れた時、自分も一皮向けたと思った記憶がある。後になって考えれば、これもまたいい経験なのだ。

どこかで、何かが繋がっていく。
できるだけ明るく考えるような癖をつけ、行動を続けていれば、誰でもドリーム大学ポジティブ学部ワンダホー学科への入学が許されるのだ。
だまされたと思って信じてみて欲しい。

人生には、やっても無理なこともあるけれど、「やればできる」ことの方が圧倒的に多い。
もちろん、頑張ってるのになんでいいことが起きないんだあ!!!! と勝手な不満を抱いてはいけない。
自分を甘やかすのではない。自分と仲良くなることが重要なのだ。
頑張ることはそんなに重要ではない。楽しみながら続けることが重要なのだ。

(続く……)


机探しの旅④

2011年9月11日

人の価値観はいろいろあるけど、現状の生活で満たされないなら、「自分探し」をした方がいい。自分のやりたい仕事を見つけるのだ。よく、やりたいことと向いていることは違うという。そんな一般論に従って、ほとんどの人が「大人のふり」をして、あきらめてしまう場合が多いのだ。

誰でも中田英寿にはなれない。誰でも松本人志にはなれない。それでも、「やりたいこと、好きなこと」と「無理なく続けられること」を消去法で付きつめていけば、必ず自分にとってのいいポイントが見つかる。トライ&エラーの繰り返しだ。僕の場合はトライ&エラー&エローの繰り返しだった。
より、具体的な仕事探しの方法は、この方の言っている通りだ。

http://www.freestyle-life.net/free-100-page-34.htm

「自分の好きなものや、好きなこと得意なことってありますよね。これをAグループとします。次に、自分以外の人があまり出来ないことや、やっていて過去に、ほめられたことなどをBグループとして書き出してみます。そのAとBがあわさる中間点に、その人のライフワークのヒントがあると思うんですよね」

僕の場合、Aグループの好きなものがまずよくわからなかったが、映画をやりたいと思っていた。突き詰めていくと「表現欲」が大部分を占めた。
Bグループは考えてもみなかった。中学までは勉強が「特技」だと思っていたが、高校時代に挫折した。世の中にはもっともっと、頭のいい人間がいることを知った。

僕が見聞きした話では、中学時代まで優等生で進学校に入り、挫折してしまった人ほど病んでしまうことが多い。秋葉原の殺人鬼もそうだった。
かつて「テストで一番だった」という栄光を引きずっているのだ。
そのため、現実が思うようにいかないと、何もかも、どうでもよくなってしまうのだ。そうして人生全てが「逃げ」の姿勢になってしまう。誰かの力で自分が幸せになることを期待する。

だが、僕は挫折は早ければ早い方がイイと思っている。挫折はおたふくみたいもんだ。勉強に挫折したなら違う道を探せばいい。僕は推薦で大学に合格したので、受験では挫折しなかった。プライドばかり高くて能力はサル以下だった。だから、会社に入ってとめどない挫折を繰り返し続けた。

挫折を経験していないと、年とともに無駄なプライドばかりがへばりついていく。
プライドが高いなら、そのプライドを満たすための行動を探し見つけ、そして続けていくしかない。黙々と行動していると、不思議と充実感が沸いてくる。くだらないプライドがそぎ落とされ、あとには本物の魂だけが残る。

くだらないプライドなんてプライドチキンにして食っちまえ!
年を重ねるごとに脂っこいものが苦手になってくるのだ。

話をBグループに戻そう。僕は格別特技のない人間だと思っていた。
今思えば作文は得意な方だったが、せいぜい市のコンクールで佳作を取るレベルだ。そういう子供はクラスに一人や二人はいるだろう。
本を読んでいなかったので語彙も乏しかった。「踵を返す」を「カカトを返す」と読んでいた。小説の主な語り手が一人称と三人称であることも知らなかった。高校時代に一番成績の悪かったのは国語だ。現代文を読んでも、どうしてその選択肢が正解なのかわからなかった。小論文は大の苦手だった。

マスコミの不況情報なんかには唾を吐け!
脅えてどうする? 言いなりになってどうする?
今世の中が「不況」だからこそ、何者にも縛られることなく、誰もが平等に行動できるチャンスなのだ。

終身雇用が崩壊しているというのに、いまだ正社員への憧れが強い社会が理解できない。求めても裏切られる可能性の高い「安定」なら、初めから目指さない方がいい。

公務員はコネが多い。興味のある資格の勉強ならいいが、安定だけのために資格を目指したところであとあと裏切られることもあるだろう。
僕の友達は公認会計士の試験に受かったが、会計事務所でバイトしていたら首を切られたそうだ。不況なのに資格保持者ばかり増えていくからだ。電車の広告で弁護士が必死に「多重債務の回収」を訴えるのを見れば一目瞭然だろう。本当に安定を望んでいるなら、料理人か美容師になるといい。世界どこへ行っても日本人の腕はピカイチだ。

「KY」なんてくだらない。
本当に「空気を読むこと」を重視するなら「KY(空気を読める人)」の技術を学ぶべきだ。

食事のマナーにうるさい人がいる。たとえば、ぺちゃくちゃ食べる音が気になるのは仕方がないとして、ミクシィのコミュでグチるなんてくだらない。本当に食事マナーを重視するなら、美味しそうに食べる人の技術を学ぶべきだ。

他人を攻撃してバランスを取りたいというネガティブな感情は誰にでもある。人間だから仕方がない。時には瞬間湯沸かし器になってしまうこともあるかもしれない。
けれど引きづらないこと。繰り替えさえないこと。ループさえしなければ何も問題はない。怒りを覚えた自分に対し自己嫌悪に陥ることもあるだろうが、翌日には忘れるようなイイ癖をつけること。やるべき行動があるなら、そんなくだらないことを考えている時間は次第に減ってくる。

一般論も鵜呑みにしてはいけない。一理あるものもあるが、往々にして自分の足を引っ張るものばかりだ。大衆酒場で誰かがボヤいた言葉だ。みんな足の引っ張り合いをしたいだけなのだ。

「しょせんホニャララだからぁ~」なんて、想像で物事を語ってはいけない。自分がうまくいかないのを社会のせいにしてはいけない。

ひどい人になると何かもかも、ユダヤ人のせいにしたがる。それは権利を主張し、社会への不満ばかりこぼす一部のホームレスの思考と同じだ。世界の金融の仕組みがどんなだろうと、関係ない。不況でも儲かっている人はいっぱいいる。もし、本当に世界を変えたいならチェゲバラのような革命家になり、行動を起すべきだ。誰にとっても行動は面倒臭い。眠っていたい。けれど好きなことならば、マイペースで続けていけるはずだ。

求める結果はいつ訪れるかわからない。人はいつ死ぬかもわからない。
だからこそ、できるだけプロセスを楽しめることを見つけ、黙々と行動を続けることが人生というゲームなんだと思う。「欲しいもの」がある人はそのように生きるといい。

人間=健康+好物+感謝

僕の好物には、巨乳、映画、文子、筋子、なめ子など色々含まれている。
人間を構成する柱には色々あるので、本当は「=」ではなく、「≒(ほぼイコール?)」なのだが、重要で巨大な柱はこの三本だと思う。

忘れようとしてもどうしても残ってしまうイヤな性格・感情柱は、たとえパルテノン神殿のエンタシスのごとく巨大に見えても、無理矢理ハンマーでぶん殴る必要はない。僕の好きな言葉は「自然におまかせ」、「神様におまかせ」。そのままにしておけばいいのだ。すると勝手に柱の方から腐ってしまう。何年か経ち、そういう気持ちを抱いていた自分を笑って受け入れられる日は必ず来る。

……と、一方的な話を連ねたあとで、もう一度ブルマさんの歌『ロマンティックあげるよ』に耳を傾けてみます。

いつかワンダフル、きっとビューティフル♪
人のジャングル迷い込んで♪
スリルしたくて、幸せしたくてなぜかみんなそわそわしてる♪
思った通りに叫ばなきゃ願いは空まで届かない♪

思った通りに叫ぶのが重要なようです。
自分に言い訳してはいけません。
心のなかで正直な自分の願望を、思い切り叫ぶのです。
実際に声に出して叫んでみるのもいいでしょう。
以前勤めていた会社の社長は、サラリーマン時代、毎朝海に向かって「社長になるぞーー!」と叫んで本当に社長になった。
潜在意識君に強力に訴えかけていたことが、本当に実ったのだ。

ロマンティックあげるよ♪ ロマンティックあげるよ♪
ほんとの涙みせてくれたら

泣いてもいいけど、ほんとの涙が重要のようです。
「ブルマ様~オラにほかほかブルマをくれーっ! どうしてオラの夢は叶わないんだぁー!」ってウソ泣きしても、ブルマさんは使用済みブルマをくれません。
自分自身の心に、正直になることが重要のようです。

不思議したくて、冒険したくて、誰もみんなウズウズしてる♪
大人のふりしてあきらめちゃ、奇跡のなぞなぞ解けないよ♪

『奇跡のなぞなぞ』ってなんでしょうか?

奇跡を起すのに重要なものはなーんだ?

答え:軌跡

これではダジャレになってしまいます。

なぞなぞの問題が何かは、ブルマさんに訊かないとわかりません。子供はなぞなぞが得意なので、そういう気持ちを忘れるなとブルマさんは仰っているのでしょうか? それでも「子供のふりをしろ」とも言ってません。

ん? んん?

よく耳を済ませてみると、

奇跡の謎など解けないよ♪

ではあーりませんか…
これならばわかりやすいです。

大人のふりをせず、あきらめなければ奇跡の謎は解けるのです。
謎が解けたなら奇跡は訪れます。

つまり、奇跡が訪れる人は、大人のふりをせず、あきらめない人なのです。

行動を止めてしまわないこと。疲れたら休めばいいのです。そうして少しずつ行動を続け、やりたいことを探す「消去法の旅」に出ます。潰していきます。絞り込みます。ぐるぐる回って結局初めにやったことにたどりつく場合もあるかもしれません。その時までに得られた経験は決して無駄になりません。

たとえば、サッカー選手に挫折したら、「サッカーに関る仕事をしたいのか? したくないのか?」で、道は大きく二つに分けられると思います。仮にサッカーの裏方の仕事をしたとしましょう。目の前で活躍するプロがうらやましくなり、苦しくなったとします。そういう人は自己顕示欲が強く、名声やお金を求めているのかもしれません。

サッカーの知識と経験を活かし、本を書いたり、ゲーム制作に関ることだってできるはずです。サッカーに関係ないことだって構いません。必死でやってきた人なら体育会系の仕事は耐えられるはずです。やってみて、「これだ!」と楽しめることを見つけるのです。

元サッカー選手で現作家の方はこんな発言をするかもしれません。
「言葉というシンプルなフィールドでのプレイはサッカーとよく似ている。オルトパス、テンキードリブル、エンターショット。私にとってコントロールオルトデリートは主審のホイッスルだ」

無理やりあきらめたり、言い訳したりする必要はありません。自分の感情に正直になることが重要なのです。色々と動いてみればいいのです。「自分の真の欲望を探す旅」を続けてみます。見つけたら行動します。続けます。それが、本当の意味での「あきらめない」ことだと僕は思います。

もっとワイルドに、もっとたくましく生きてごらん♪
ロマンティックあげるよ♪ ロマンティックあげるよ♪

ブルマさんはワイルドでたくましい男が好きなようです。
あなたがベジータと結婚するとは意外でした。
サイヤ人は巨根なのですね?
僕は素チンなので無理でしょう。

ほんとの勇気みせてくれたら
ロマンティックあげるよ♪ ロマンティックあげるよ♪
ときめく胸にキラキラ光った夢をあげるよーーーーーーーー♪ 

あ、でもブルマさんは勇気をみせてくれたら、ご褒美に夢をくれるとも言っています。
「ブルマ様―、オラの勇気を見てくれーーーーっ!」ってイチモツをさらけ出しても、ほんとの勇気ではありません。露出狂なだけです。

勇気ってなんでしょう?
会社を辞めることだけが「勇気」ではありません。芥川賞を取っても食べていけなくてサラリーマンと兼業している人はいっぱいいます。
勇気とは「行動」のことだと僕は思います。人に後ろ指をさされようが、行動を続けるのです。人生はものすごくシンプルです。

なぜ、僕らはこの世界に生まれてきたのでしょう?
楽しむため、遊ぶため、地球を旅行するためです。
一人一人、やりたいことがあるからに決まっています。役割があるからに決まっています。充実感を得られる選択肢はひとつとは限らないけれど、人生の時間は限られています。そんなにたくさんのことができるわけでもないのです。

自分の役割とは、この人が言う通りで、全部自分の潜在意識君が知っているのだと思います。かなりの名スピーチです。

APPLE創始者・スティーヴ・ジョブスの伝説のスピーチ
http://www.youtube.com/watch?v=qQDBaTIjY3s
http://www.youtube.com/watch?v=ShoOOS2GrWU&feature=related

成功している人が言っていることはほとんど一緒です。ポジティブシンキングだとか笑っていろだとか、セルフイメージを高めるだとか云々。気が済むまでそういう本を読んだらあとは行動しましょう。読むだけで体得したような気分になってはいけません。まったく意味がありません。想像だけで、物事を理解した気になってはいけません。

大切なのは自分の経験です。
知識の種は、内なる経験とリンクした時初めて果実となるものだからです。
 
最後に、こんな素敵な歌を歌ってくれたブルマさんに感謝申し上げます。
いつか貴方と素敵なロマンティックがあることを願っています。
ベジータは関係ありません。なぜなら、貴方がこの歌を歌っていたのは彼と出会う前。
僕の心にはいつまでも独身時代のあなたが宿っています。

というわけで「君に会いたい~♪」ばかりのJPOPを好む野郎。
昔の歌はスゴイぞ。
どうせ会えないんだから、

あきらめてオナニーしとけ!


○オススメ本

【小説を書きたい人はコチラ】

新人賞の獲り方おしえます
http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E4%BA%BA%E8%B3%9E%E3%81%AE%E7%8D%B2%E3%82%8A%E6%96%B9%E3%81%8A%E3%81%97%E3%81%88%E3%81%BE%E3%81%99-%E5%BE%B3%E9%96%93%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%B9%85%E7%BE%8E-%E6%B2%99%E7%B9%94/dp/4198912041/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1305459564&sr=1-1

ものすごく参考になった。
関係ないけど、ドモリ癖のある(あった)人には作家になる人が多いそうな。

【本を出版したい人はコチラ】

自分の企画を本にしよう!
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 小説を書きたい人向けではないが、何か書きたいネタがある人には向いている。企画書の書き方など、参考になる点が多い。僕はこのとおりにやって本を出せた。それまでホストの本はいくつも出ていたが、ナンバーワンやオーナーの話ばかりで貧乏ホストの話はなかった。その点を売り込んだ。誰でもできることで、誰もやっていないことを探すのが僕の密かな趣味だったりする。
 出版社は星の数ほどあるので、マスコミ電話帳やネットを使って自分の企画が出せそうな出版社を探してみよう。

【人生に迷っている人はコチラ】

自分を変える気づきの瞑想法
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瞑想に興味がない人でも、前半に書かれている有難い言葉は参考になる。
このとおりのことを実践すれば幸せになれると僕は思っている。

【自殺ガンボーのある人、病んでるかな? って思った人はコチラ】

パーソナリティ障害
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E2%80%95%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E6%8E%A5%E3%81%97%E3%80%81%E3%81%A9%E3%81%86%E5%85%8B%E6%9C%8D%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%8B-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B2%A1%E7%94%B0-%E5%B0%8A%E5%8F%B8/dp/4569635253/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1305458088&sr=1-1

精神病一歩手前の人格障害。耐性の問題が大きく左右するので現代病とも言える。
過保護な環境や、その逆に親の愛情をほとんど受けないまま成人した人がなってしまうケースが多い。が、大体の場合は20代、30代のうちに自己解決していくようだ。
統合失調のような幻覚、幻聴といった明確な自覚症状がないのでやっかいとも言える。
まずは自分の症状を理解することが重要だ。日頃から不安定な人は鬱だとひとくくりにされてしまうが、こちらの可能性も十分にある。
明確な理由がないのに自殺願望の強い人は、パーソナリティー障害をチェックしよう。

【死後の世界に興味ある人はコチラ】

チベットの死者の書
http://www.amazon.co.jp/%E5%8E%9F%E5%85%B8%E8%A8%B3-%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%AE%E6%AD%BB%E8%80%85%E3%81%AE%E6%9B%B8-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B7%9D%E5%B4%8E-%E4%BF%A1%E5%AE%9A/dp/4480080678/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1305458161&sr=1-2

基本的には輪廻転生がベースになっている。けれど僕は前世や来世があるとは思っていない。最大の不思議は「今」だと思っているからだ。ホリエモンが「あの世はあったら儲けもん」と言っていたけどその通りだ。

それでもこの本の優れていることは、なんとなーく本物っぽいことだ。脳みそが破壊される時には、大量の神経伝達物質やらなんちゃらが出るので幻覚を見る可能性はある。そのあたりをうまく表現している。

うろ覚えだが、内容を要約すると、死後三日半は耳だけ感覚は残っているそうな。だからお経があるのだろう。

んで、3日半後にいろんな幻覚を見るのだ。
ものすごくカラフルキラキラに光った大魔神みたいなのが何十人にも出てくる。爆音も鳴るのかもしれない。
大体の人は初めはびっくりするが、魔神キャラは49日の間、次々にいろんなのが登場し、成仏のチャンスをどんどんくれるらしい。ビックリマンのヘッドキャラみたいもんだ。

時折目の疲れない白光だか森だったかが現れ、そちらばっか見ていたり、近づいたりすると畜生とか餓鬼に生まれ変ってしまうそうな。
重要なのは大魔神を怖がらないこと。全て自分の頭から出ているものだと理解し、「ありがたやーありがたやー」と思っていれば成仏できる。これは現実の世界にも大きく当てはまる。


結論を言えば、

どんな大罪を犯した人でも、ほとんどの人間が成仏できるという話なので、みなさん超最低限のモラルを守った上、どうぞ好き勝手に生きてください。

(オマケへ続く…)


机探しの旅⑤(オマケ)

2011年9月11日

ここからはごゆるりと。
そろそろBGMを変えましょう。
ブルマさんまたね~!

【オススメミュージック】

fryday
http://www.youtube.com/watch?v=vH--AdCVUek

※100回以上、ループで聴いた。

We ♥ Logistics
http://www.youtube.com/watch?v=mRAHa_Po0Kg

※いい曲はいつも一目ぼれなのだ。短いのが惜しい。

【とりとめもない一言シリーズ】

女は江原。男は苫米地。

友達キス

ライターなくて、あっぷあぷ。

自慢話をしない人が時たま自慢話をする時の嬉しそうな顔がかわゆい

たまらなく「あのね」を多用するおじいちゃんと話したい

殿って呼びたいドMな女。猫って呼びたいドSな男。

日本人は下から二番目とか上から二番目あたりが好き

歌う人の目がイってるのはなぜだろう?

性欲が落ちることはない。今は眠っているだけなのさ

二日酔いという名のブレーキでアル中を防ぐ私

ジジオフ。ババオフ。未来のミクシィ。

夜空にジャスミン

どうかどうか、「挫折キング」と呼んでください。

とりあえず~、半年くらい花に水あげそのあと考えよっ

シャーラーララララウンコくっせー!

小学校のころ未来の自分に出した手紙がまだ届かない

あのアヒルボートに、野郎二人で。

たかだかオナニーでイクだけなのに、「土星までフラーイッ!」って叫ぶおまえが好きだ

さば塩ラーメンとイカ墨ラーメンが食べたい

紛れもなく細切れ

醤油があれば生きていける

手書きで漢字を書くと、次に来る漢字と合成してしまう。

百円当たった。うふふのふ

快楽とイメージの瀬戸際、ぎりぎりのところで戦ってるのが芸能人

インモラル、陰毛もらえる?

タイムマシン熟成ワイン

必死に追い求めて手にした瞬間、なんてことはないものだと気づいた

絶対死ぬなとは言わないけど、生きてみるのもいいもんだよ

不思議少女 目来目久(めくるめく)

なんでも「へい」「ほー」しか言わないので「へいほー」さんと呼ばれているそうな。

なんでもない素人が一夜にして有名になっちゃうのが日本のすごいとこなんだ。

ドキュメント『ヒッピー同窓会』

ラブホテルの掃除スタッフとAV女優はB型まみれ

アップルパーマってどんなパーマや?

犬のウンコと格闘するリーゼント

はごろもフーズ、はばねろスープ、炊き出しブーム


【とりとめもない二言シリーズ】

私はおいしいご飯のために生きとるのです
生きるために食うのではなく、食うために生きとるのです

ビールザレインボー!
私の未来はビール色だ。

片目だけ目薬を差したようなアンバランスさ
イヤホンの音量が左右の耳で異なっているような不快感

元々出すための穴に入れるのはアブノーマル
女性器は両方できる神秘器官

WAIT! WAIT! WAIT! 
どうしてケツのホクロ毛が重要なんだ?

におう、うん、におう。
間違いない! 女の息がかかった家よっ!

一流のロックミュージシャンはいつもぎりぎりのところで生きている
津波でサーフィンするようなものだ

「発射は三分後でよろしいですか?」 BYAV男優
「元気玉はCM後でよろしいですか?」 BY孫悟空

【とりとめもない三言シリーズ】

君の潜在意識に眠るトラウマを、
おれが持ってる洗剤一式で洗い流してしんぜよう
トラウマアタック(無りん)

ありがとう! 勇気を持て!
ありがとう! しばられるな!
ありがとう! 生きてるだけで、幸せなんだ!

私の名前は麻呂美(まろび)ちゃん
いつも転がり出ているの
ライバルはもち、マロニーちゃんよ

【耳掻き屋コピー】
耳アカが出て、真心が入ってきた

【行ってみたい飲食店シリーズ】

『大盛配給所』
定食屋。読んで字のごとく。

『おふくろ食堂』
店員がおばさん顔の20代。

『回転総菜レストラン クイッパグレズ』
100円ライス(おかわり自由)、味噌汁(50円)、生卵(50円)など。150円で卵かけご飯が食べ放題

『味付け屋』
材料を持っていくと調理してくれる。
炒め(100円)、切り(100円)など。
高い。

【1000人ぎりのAV女優コメント】
「世の中が見えちゃった気がします」

【AVにありそうな台詞】
「こちらチンコネンタルブレックファーストになります。母乳入りコーンフレークをとくと召し上がれ」

「一億二千万人のネバネバフェチのみなさんこんばんは。納豆べろんちょキスの時間が始まりました。来週はヤマイモどろどろキッスをお送り致します」

【秘密の遊び ~クラシック日本語化計画~】

・運命(ベートーベン作曲 出だし)
シロキヤー! スナギモー!

・交響曲第7番(ベートーベン作曲 盛り上がり部分。2分目あたり)
http://www.youtube.com/watch?v=uaZFGNmZ6AY

ヨーッテル、ヨーッテル、ヨッテル、ヨッテル、ヨッテル、ヨッテルヨーーーッ!
シャラリラリラリーッチなビーールをめーしあーがれよー!
シャラリーッチなビーールをめーしあがれよー!
ヨーッパラーッテキマシタッ! ヨーッパラーッテキマシタッ!
酒屋どこ? 酒屋どこ? 酒屋どこ? 酒屋どこ?
酒屋? 酒屋? 酒屋? 酒屋? 酒屋? 酒屋? 酒屋? 酒屋? 
酒屋ーティラリーン!

※山手線メロディ日本語変換もやってみたい。
※上野樹里もうまいが、豊原功補は完璧な役者だ。んんーの一言でも十分うまい。AD時代見かけたが、かなりストイックな印象を受けた。
※調子に乗って指揮者の真似事をするとものすごく疲れることがよくわかる。

【見たい写真集】
『はだかの薬剤師。』

【危ない言葉】
児童販売機
内戦電話

【行きたい学校】
アフリカ芸術学校

【売れない芸人の名前】
尾張はじめ(愛知県出身)

【怖いカクテル】
カルマミルク
※飲めば貴方のカルマのすべてがわかる

【読みたい本】
『リコーダーからフェ×チオまで』
『性交大全』

【カラーブーム】

服の色でその日の気分をあらわすブーム到来?
・グッド……金
・普通……白
・バッド……灰
・さみしい……青
・はらへりんこ…オレンジ
・恋人募集…ショッキングピンク
・セクースしたい…紫

街には紫&ショッキングピンクな男が溢れるだろう。どうせチーマーに絡まれるに決まっている。女の人は迂闊に着れない色も出てくる。

【ポエムっぽく】

雲の上には異世界が
大きな真綿に真っ青染み込み、宙に浮かぶは青空池
ソルトレークな雲帝国、バチバチ太陽独り占め
時々見えるは雲の天カス、雲の天ぷら
白一色の雲帝国
誰か呼んでよドラえもん
うまい道具があったはず

鼻は面白く、花は芳しい
匂いという名のサブカルは、目口耳よりマイナーだ
∞な形の鼻の穴
無下にできずに鼻の穴
∞に膨らむ鼻の穴
顔面破裂で顔見えず
昔昔のある時に、見た目は同じ手ぬぐいを
くんくん鼻につけたなら、一方からは線香臭
仏壇近くにあったのさ
15年前ゲッツした
ハッカの香り、香り花
スワーッシュスワーッシュ漂って
たまには役立つサブカル君

馬刺しとかレバ刺しとかこんにゃくのお刺身はありますが、
キャベツのお刺身とは一体どのようなものでしょうか?
私には生野菜とお刺身の区別がつきません。
しじみ汁とピスタチオ汁の区別もつきません。
形状さえお刺身であればいいのですから、にんじんのお刺身だって可能なはずです。

おかしな家に、いらっしゃい。
おじゃましまーす!
こちらシュークリームソファ、さあさゆっくりおかけなさい。
あぁら、あたくし痔持ちなんです。
ドーナツ座布団にしましょうか? 
ええそうですね、あらまビックリポテチな床。
そうですバリバリ破れるんです。おかしいですか?
いえおかしな家だからですね?
パイ。
やっぱり飴玉ボールに座ります。ピラティスですね?
ティラミスですか?
ピラティスです。
それはともかくどうですか? うちの可愛いペットちゃん。
あらまいろいろ動物ビスケ。
いえビスケットではなくペットです。おかしいですか?
いえおかしな家だからですね?
パイ。
もしかして…煙突=ヨックモック?
ビックリ甘栗的中です。
お庭を見ても、よかですか? おっといけない博多弁。
いえいえいえ。カントリーマームも時々おかしなおかし弁を使います。
カントリーマーム?
パイ、故郷(くに)の母です。私とて例外でなく時々おかしなおかし弁を……
おやつ弁とどう違うのでしょうか?
おやつ弁を使うのは3時です。
午前3時?
午前3時に誰がおやつを食べるでしょうか?
わかりました。塀はビックリマンですね?
パイ。シールも全部、集めています。
庭の木みんな……トンガリコーン?
いいえ裏にはブッシュドノエルも。
お風呂を見ても、よかですか?
パイわかりんとう。もうすぐ旦那が帰るので、調度お風呂を沸かしてました。こちらへ。
旦那様どちらへ?
今日も多分、モンブランモンブランしているのでしょう。
お仕事何を?
大学いも教授を。
いも大学の先生ですね?
いいえ大学いも教授です。
アカデミックですねー。
どちらかというと、マカデミアな方です。
おつまみですか?
いえ立派なスナック菓子。私の旦那はスナックよりも駄菓子屋好きです。
失礼ですが、旦那さんいも顔?
パイ。
あらまビックリマン! 
おっとっと、あなたにもおかしなおかし弁が……
こーんなお風呂は初めてなのです。
そうです。シリアルなのです。もうすぐミルクが温まります。
それは朝食なのでは?
いいえ一応おかしです。
ピーノー♪
旦那が帰ってきました。


【オススメ動画】

また、カノンロックにハマってしまった。

http://www.youtube.com/watch?v=XW15pZpmO3M&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=ChaAzxwImPc
体の動きが止められないーーーー!!!!!!!!!!!!!!!

生活感のある室内からあふれ出すアートは、世に出回るどんな流行よりも刺激を与えてくれる。楽器をやってる人はまた別の見方をするんだろうけど、世の中、すごい人はいっぱいいるもんだ。


http://www.youtube.com/watch?v=xUXb3WQTWug&feature=related
いい表情してますね~


インドの山奥瞑想したら①

2011年9月11日

インドを旅すると、必ずといっていいほどヴィパッサナー瞑想の話を耳にする。かの仏陀が菩提樹の下で悟りを開いた時に使った瞑想法だ。10日の間、施設にこもって次のようなルールに従わねばらないという、かなりストイックなものだ。

・話さない、目を合わせない(決められた時間に先生やスタッフへの相談は有り)
・生き物を殺さない
・盗まない
・読まない、書かない
・セックス、オナニー禁止
・支給される食事以外の飲食禁止(酒タバコドラッグももちろんNG)
・運動禁止(限られた時間の施設内の散歩はOK)

この瞑想法はあくまで「苦しみを取り除く方法」のため、宗教とは無関係だ。なので仏教徒に限らず、どんな宗教の人にも門戸が開かれている。料金は寄付なので基本的にいくらでも良し。インドのみならず世界中、日本なら京都の施設でも体験可能だ。
僕がこの瞑想法の話を聞いたのはゴアだった。パーティーピープルと瞑想、一体どういうつながりがあるのかと思ったが、共に気持ちが良くなるものであることは確かだ。感想は人によって様々だが、最高の体験だったと語る人が多い。
2500年前、仏陀はこの瞑想で何を悟ったんだろうか?
 というわけで、実際にやってみることにした。

【1日目】

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 インド北部にある街、デラドゥン。人工50万を誇る中規模都市だが、軍事関係の施設があるくらいでツーリストは滅多に訪れない。日本でいうと埼玉の川口あたりの規模のようだ。
ヨガの街リシケシから、バスに乗ること1時間半。ターミナルからリキシャで10分ほどの集合場所へとたどりつくと、数名の西洋人がいた。西洋人には珍しく圧倒的に一人身が多い。ラストの煙草を吸おうとするとセンターのインド人スタッフに目を剥かれてしまう。
8名の面々を乗せたバンは、人気のない山道を進んでいった。「これがラストスイーツよ」暗鬱な表情を浮かべたハンガリガールが砂糖菓子を振舞っている。
20分ほどすると瞑想センターに到着した。山合いにある集落といった感じの佇まいで、敷地内には枯れ木がいくつも生えている。 
Tシャツ一枚では肌寒い。ところがトイレに行くとミニゴキブリがほんのりと蠢いている。インドの昆虫たちはインド人と同じく恐るべし生命力を誇るようだ。
早速瞑想ホール内で、登録作業を済ませることになった。
様々な掟の書かれた紙に目を通し、簡単なアンケートを終えてサインをする。貴重品を預け、自室へ行くと、シングルベッドがふたつにトイレと冷水シャワーのついた6畳間だった。
三時になると、グル(指導者)と面談が始まった。といっても大したものではない。「楽しんでね」それだけ告げられて終ってしまった。彼は絵の具一色でかけそうな見事な白髪をしたにこにこ顔のじいさんだ。
 施設内には「NOBLE SILENCE(高貴な沈黙)」「ALWAYS WALK ALONE(いつも一人で歩いて)」という厳かな看板がいくつも立っていた。
そして一日のタイムテーブルを目にした瞬間、溜息がもれた。

一日10時間10分の瞑想、睡眠時間はマックスで7時間。
しかも、瞑想開始時は5分前集合が原則という恐るべし苦行なのだ。


m1-2.jpg

 
夜まですることもないので昼寝をしていると、突然やかましい歓声が耳を貫いた。
インド人少年たちが外でたむろっている。
聞くと16~17歳の学生で全部で23人。瞑想にはまるで関心ないらしいが教師の勧めで強制的に参加させられたらしい。僕の部屋にも一人の少年が入室してきた。

21時。
大ホールに行くと、前方中心にグルが鎮座している。
白い布で覆われた床にずらりとならんだ青い座布団。駄菓子屋に必ず売ってる青りんご餅みたいな構図だ。そこにぞろぞろと参加者が腰掛けていく。

m1-3.jpg


3分の2があぐら、残りは正座。50名(男女比4対1)の面々が、後ろから見てセンターから右に女子エリア、左に男子エリアと分かれている。
ありがたいお話でも聞くかと思いきや、グルはいきなりラジカセのスイッチを入れた。
おっさんの歌声が流れ、その後英語とヒンドゥー語で瞑想のガイダンスが始まったがもちろん意味がわからない。
ようやく2時間が経過し、外に出ると皆一目散に宿舎へ歩き、同室の少年はあっという間に布団にもぐりこんだ。沈黙のゲームは既に始まっている。
 
【2日目】
 午前四時。けたたましい金属音が鳴った。
「ティーン、ティーン、ティーン」
シンプルだが耳の奥まで響く厳粛な梵鐘の音。
目を開けると少年が飛びあがって、鮮やかな手つきで布団と毛布を畳み、ワシャワシャと忙しく歯磨きをし始めた。トイレに行って戻ると、どういうわけか僕の布団まで畳まれている。修行僧のような小坊主だがもちろん礼を言うことはできない。
5分後、今度はベルが鳴った。「カラカラカラ」高田純次並みのしつこさで迫ってくる。突然部屋のドアが開き、ベルを振りまくる小柄な老人が現れた。僕たちの起床を確認すると、また次のドアへ向かっていく。
その後このベルは4時5分と4時25分に鳴ることがわかった。初日こそ、すぐに起き上がる面々だが、以後、4時5分で一度起きてドSなベル師の攻撃を交わした後、一眠りして二度目のベルで起きるという習性を身につけるようになった。

外に出ると猛烈な寒さが飛び込んできた。頭から毛布をかぶって出直すと、目の前の坂道を、ムスリムと化した面々が歩いている。
 すぐに薄暗い大ホールで朝の瞑想が始まる。予備知識はないのでやり方がまるでわからない。とりあえずあぐらを組んで目を瞑った。
瞑想を始めると、自分がいかに唾を呑む回数が多いかがわかる。ゴクリという音が沈黙のなかで鳴るとドキリとしたが、そのうち屁をこくやつもいて安心した。
暇つぶしに目を開けると静止図のような世界が広がっている。5分に一回、目の前のデ
ブが尻をずらす以外変化はない。彼のケツ下のクッションがやたら分厚いくらいしか見る
物もない。
30分もするとあたりでもぞもぞと音が鳴り始めた。1時間もすると、指の骨を鳴らす輩も出始めた。ポキポキと少年たちの骨音の連鎖が頻発する。目の前のデブは、ドアを開けて外に出てしまった。10分ほどで戻ってくるが、また10分してワシャワシャとウィンドブレーカーを揺らして外に出ていった。
時間と共に背筋と脚、ケツの痛みが激しさを増し、集中力が切れてきた。くるぶしの丸骨が無性に痛い。
そろそろ終わりかなと思っていると、ラジカセからグルの詠唱が始まった。老人の断末魔のような呻きで何を言っているのかは不明。
ほとんどいじめにしか思えない歌声は30分も続き、ようやく朝の瞑想が終了した。
ダイニングルームへ行くと、アルミ皿を抱えた少年たちが列を成している。朝食のメニューはバナナ、甘ったるいオートミール、硬くて青臭い豆。猛烈にブルーになる。

一眠りした後、二人の日本人女性と共に日本語の解説テープを聞くことになった。壁に背をもたせ、ヘッドホンの声に耳を澄ませる。
グルの英語の説明のあと、オ○ムシスターのような女の声で日本語の訳文が入っていた。ガイダンスよると2日の間はアナパナ瞑想(鼻筋の根元から上唇にかけての三角形のエリアに意識を集中し、何も考えずに自然な呼吸の感覚だけ味わう方法)をし、その後ヴィパッサナーを開始するのだという。
戒律文の復唱も終えると、「懸命に修業しなさい」オ○ムシスターが励ましてきた。
まるでどっかの新興宗教に入団したみたいにハイになるが、そんな英気は長くは続かず、夜には早くもうんざりしていた。

19時からは講話の時間が始まった。
この瞑想を普及させたというミャンマー人による講話で、日本語訳は厳しそうな女教師を思わせる熟女の声だ。テープは1987年に制作されたらしく、なかなかのノイズが入っている。
仏陀を中心にありがたい話を聞いたが、面白かったのが、呼吸が内と外の世界をつなぐ橋という表現。「今とは何か?」その答えは、「鼻から出入りする空気」のことに過ぎない。

【3日目】
昨日蒲団まで畳んでいた少年だが本日はギリギリまで眠りこけていた。
瞑想ルームに行くと、おっさん二人組みが後ろで椅子に座っていて、ちょっとだけうらやましくなる。楽をすればとことん楽もできるのだろうけど、それでは意味がなくなってしまう。その加減が難しいところだ。
 朝っぱらから瞑想の連荘が始まったが、もちろん面白くもなんともない。
 10時半からは、グルの前で一分ほどの瞑想もする。2、3人の生徒がグルの前に呼び出され、質問をふたつほどされた後、瞑想となる。そのささやき声が気になってまるで集中できない。
朝の瞑想後、ひと眠りしようと部屋に戻ると、同室の少年が僕のバスタオルを腰に巻いていていた。2枚干していたうちの一枚を勝手に使ったらしい。ご存知のようにインド人は基本的に剛田武だ。

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ベジターリー(薄味)

昼食後の瞑想三連荘は眠気との戦いだ。眠りに落ちるたびに、びくんと首を後ろにそらせて軽いムチ打ち状態を味わう。暖かな日差しも眠気を増幅させた。合間の5分休憩でこっそりストレッチをするのだが、一時的に回復しても、痛みは徐々に蓄積されていくようだ。
少年たちもうんざりしているらしく、グルがいない時には、頻繁に席を立って外でサボり始めた。終業のベルが鳴った瞬間には、マッハで立ち上がる。
一方女の人は真面目でほとんど動いていない。だが後で訊くと毎度毎度山盛りの飯を食らい、10秒に一回はゲップする迷惑なおばさんもいたようだ。
どうにか痛みに耐え、夕刻五時のティータイムになるとようやく一日の山を越えたという気分になる。この時食べるマサラ風味のライススナックと、昼食の野菜ターリーだけがささやかな一日の楽しみとなっていた。
 その夜の講話、眠くなったら顔を洗えと23年前の熟女に渇を入れられた。

【4日目】
 鐘のなる5分前に目が覚めた。眠気は残っているが煙草を吸っていないせいか、思ったより不快な気分はない。
 外に出ると物干し竿に、誰かのフンドシが干されていた。シャワールームで冷水を浴び、気合を入れて朝の瞑想に挑む。半分眠っているのだが、そのせいか邪魔臭い雑念は浮かばない。時々いびきも聞こえるが特に注意もされていない。
 午前八時。
 二度目の瞑想が始まった。瞑想のコツはただ何も考えず、ひたすら呼吸を観察すること。脚のしびれや痛みを感じてもそのままにしておき、どうしても我慢できなくなった時だけ少し体を動かす。その程度にしておかないと効果が期待できないらしい。
 額のあたりで痒みがあったので試しに我慢してみると、痒みはいつの間にや失せた。
 外が明るみ、窓から陽光が差し込んできた。遠くからミリタリー施設のトランペット音が聞こえる。パラリラパラリラ、全世界共通のトラック運ちゃんのクラクション。美しい小鳥ビート。
 静かに耳を澄ませ、脚のしびれもそのままにしておいた。フンフンと少し大きめの呼吸で鼻の穴に意識を集中する。
……すると、じわじわと頭のなかが気持ちよくなってきた。
脚のしびれもあるが、頭が気持ちよすぎてほとんど気にならない。脳内に、新鮮な酸素がギュルギュルと流れていくのがわかる。
終了の鐘が鳴り、ゆっくりと目を開けると、頭がしばらくの間、ボワーッとしていた。ただひたすら、恍惚。女がイッた時って、こんな風になるのか? 口のなかに大量の唾液がたまっているがまるで気づかなかった。

その晩の講話は実に的を得たものだった。瞑想は気持ちのよい感覚に執着したり、痛みやしびれなどの感覚に嫌悪を抱くとうまくいかないという。
実際昼の間あの気持ちよさを求めていたが、ただ疲労感が残るだけで、二度とあのトリップは味わえなかったのだ。
期待するとうまくいかず、忌み嫌うと、泣きっ面のハチ状態。
全てのものは、移り変わっていく。
これが宇宙のダンマ(法)であり、呼吸ひとつで感じることのできる世界の真理のようだ。最初に呼吸を観察した人は、よほど暇だっただけなんだろうが、ものすごい発見をしたもんだ。

【5日目】
瞑想中、しょっちゅうおならが出そうになった。どうにか回避成功するが、このところやたら屁が出る。ゲダツじゃなくて、ヘダスじゃん。豆ばかり食べてるせいなんだろう。
 昼過ぎから、オ○ムシスターによる、ヴィパッサナー瞑想の解説が始まった。
 頭のてっぺんからつま先までパーツパーツの感覚を無心で観察する、というものらしい。意識を向けても何も感じない部分は、1分ほど待ってみて、服や空気に触れている感覚だけでも味わい次の部位に移る。
 実際にやってみると、鋭敏な部分というのは確かにあることがわかる。左腕のパルスや心臓の鼓動はよく感じるのだが、脚全体はひたすらしびれ、つま先の指の感覚は区別がつかない。
テープの指示にはなかったけれど、股間にも意識を集中してみた。パルスもビートも感じず、愚息はひたすら無抵抗と沈黙を貫いた。ほんとは動いているのだが、微細すぎてわからないのだろう。5日間自慰ヌキの僕には、まるで核弾頭のように思えてきた。
 
ティータイムの時間、ダイニングルームには、砂糖入り牛乳をスプーンで掻き回すカシャカシャという音だけが響いていた。
いつものバナナを食べながら、とうもろこしに似てるなとしみじみ驚いていた。
安らぎの時間だったが、いまだに時折少年たちからの視線を感じた。皿を持って配給の列に並んでいても、すぐ前の男が振り返って、赤ん坊のようにまじまじと見てくる。インド人もビックリと言うが、ヤツらはビックリすることをいつも探している。
このところ、宿泊施設のノーブルサイレンスも破られていた。ドSなベル師の来る時間はわかっているので、少年たちがいつも小声で話している。用もないのに部屋のドアを開けてくる輩もいる。そもそも、16歳で瞑想なんて無理だろぉ? やりたい盛りのオス犬を廃墟にぶちこむようなもんだ。

懸命に、働き続けなさい。
一生懸命、修業しなさい。
やがて解脱への道が開かれるでしょう。

そんな風に昭和の女は励ましてくるが、テンションはかなり落ちていた。あの気持ちのよい感覚も二度とやってこない。施設内に散りばめられた「BEHAPPY」の文字が猛烈にウザイ。
夜の講話。煩悩を煽るぜいたく品のたとえとして「きらきら光るラジカセ」が挙げられているのに時代を感じた。

(後編へ続く。。。)


インドの山奥瞑想したら②

2011年9月11日


【6日目】
 朝と昼に一回ずつ、オ○ムシスターテープで瞑想法を伝授される。
 指導にあまり変化はない。鼻の穴と上唇の間のチャップリンひげゾーンに意識を集中すれだとか、感覚の荒削りな部分を徐々に減らしていけだとかその程度の差異で本質は変わらないのだ。

忍耐強く、一生懸命働きかけなさい。
やがて全ての部分の感覚が現れるでしょう。

 オ○ムシスターはそう語っていたが、鼻下の感覚に集中してもよくわからない。グルの面談でそのことを告げると「そのうちわかるよ」と言われたが、その部分に注ぐ息のことではないようだ。
午後になると、鼻の下に集中しているとこれかなという感覚があった。熱と温かみを感じるが非常に繊細でかすかなものだ。
一体何を目指していいのかわからなくなってくる。相変らず眠気が矢のように降り注い
でいる。
僕の席は戸口に近く、続々とサボり出る少年たちがうるさかった。そのせいか、前方のデブは場を移し、最後部に陣取っていた。

【7日目】
 朝一で最後部に場を移すが、スペースが少なく、結局はデブの右となりに座ることになる。フロアの角には分厚い座布団が積み重なり、ヤツはそれに背をかけ、澄ました顔であぐらを組んでいる。しょっぱなから無効試合を決め込んだようだ。
 朝のテープはグルの瞑想法が数分流れる。色々語った後に「アニッチャァ、アニッチャァ(無常、無常)」それが終了の合図でそこからは1時間半ほどの沈黙が流れる。最後はテープに合わせ、「サドゥ、サドゥ、サドゥ」と合唱して瞑想はクロージングとなる。
その日は完全に集中力が切れ、午前のコマをほぼ半寝状態ですごした。
昼食後、午後一の瞑想で気合いを入れて臨むと、奇跡は訪れた。
1時間ほどしてケツが痛くなってくるが無視して無心を保っていると不思議な感覚になった。
痛みだけど痛くないのだ。
心が平穏、ひたすら平静。生き物のように動く痛みが面白い。
痛み、もっとかかってこーい!
パルスに圧力、熱……心の目を体の部位に向けると、体の八割がたから何らかの感覚を感じる。ぶるぶるとバイブにでもなった気分だ。
キタ!
心と体が分離していることがわかる。
心は凧のようにふわふわとどこかに浮かび、漂っている。心と身体の各部位は透明な糸で繋がっている。その糸は普段は見えないのだけど、無心を保ち、あるがままの状態を保つと忽然と姿を現してくる。秘密基地への鍵は、体内の感覚をひたすら観察することで手に入るようだ。
パルスに踊る肉体を、意識の船が漕いで行く。ざわめきをあげる肉体の海。心はボランチ、舵取りだ。心地よい感覚の合間に雑念も浮かぶのだけど、泡のように忽然と消えうせていく。
瞑想はサイレントパーティだ!
今までまるで気づかなかったけど、体の内側では24時間年中無休、およそ80年は続くパーティーをやっていたんだ。どんなにリズム感がない人も、どんなに音に疎い人も、みんな一人一人がDJなんだ! 
だから、今の自分をどう楽しませるか、そのことだけに集中して生きていれば人生というものはこれほど愉快なものはない。
人に親切な行いをするのも、生きてるうちに見返りが返ってくるとか、あの世で魂レベルの高い世界へ行くためだとか、そんな打算的な目的ではない。ただその瞬間、心のなかでいい音を鳴らし、自分の気持ちがよくなるためなんだ!
最後のマントラクロージングが気持ちいい。いつもの断末魔がまるで賛美歌のようだ。

この時のトリップが10日間のなかで最高のものだった。
気持ちよい感覚を追い求めると不思議なことにその感覚は消えうせてしまう。痛みを嫌悪していると、その痛みは強くなっていくばかり。
これは、世の中の現象ととてもよく似ている。
だから病気の人に「頑張れ」と言ったり、病気を戦いのように言ってはならない。
日本人は特に我慢すること、苦痛に耐えることを美徳と考える傾向にあるがこれは間違っている。
あるがままに、「自然君、おまかせコースでお願いします」これが一番楽しくて、楽な生き方なんだろう。
涙のしょっぱさも内臓をしめつける痛みも、心に開いた穴のような不快感も、ビルの屋上から街の景色を眺めるみたいに観察してれば、いつか収まり消えうせてしまうもの。
恋の甘さもエクスタシーも、満ち足りた優越感も、追い求めれば渇望という不快感を生み出す。
気持ちのよい感覚を味わったことよりも、世の中の真理を体の内側で感じたことに僕は感動した。

【8日目】
昨日昼間に目的を達成したので一気にやる気がなくなった。
グルの美声のはずが、スナック街の酔っ払いの歌声のように聞こえてくる。
熟女の解説によると、解脱を感じると、人間の肉体が微粒子の点滅に過ぎないことを悟るそうだ。パルスではなく、もっと細かな泡のように微細な感覚なのかもしれない。
世の中は「あるともいえるし、ないとも言える世界」仏陀の空の考えだ。
化学が進歩し「世の中は、ひも型の弦が振動している状態ではないか」と考えられるようになる2500年前、仏陀は体感的にも、哲学的にもそのことを理解していたのだろう。
そういえばどっかの哲学者も「世界は様々な形に広がる波紋に過ぎない」みたいなことを言っていた。表現法は違えど、頭のいい人は同じようなことを言うもんだ。

午前中の瞑想。心は無。ただおだやか。
じんわりと優しい気持ちに包まれ、ありがとうと無音で唱える。
昼食のあと、シャワールームに数時間放置していたボディソープがなくなった。
グルに神聖な「盗まない」の誓いをしているのにさすがはインド。

夕方、参加者は別棟のパコダ(寺院)でも瞑想をすることが許された。このパゴタのなかには、弓形の廊下沿いにずらりと一畳ほどの独房が並んでいる。外からしか鍵をかけられない不思議な小部屋だがサボるにはいいだろう。
安心して壁に背をもたせていると、悪ガキがカクレンボ大会をおっ始めてしまった。


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夜の講話。
チンタマパンニャという言葉に反応した。読んだり聞いたりして知っただけで経験の伴わない知識のことで、何事も自分の経験が一番大事という内容だった。
23年前のお話を聞きながら、沈思黙考した。
情報だけでおなかいっぱいになる時代。現実をゲームのように思える時代。
何を目指していいのかわからない時代。わからないから共感だけでごまかされている時代。
僕たちのセンサーは大量の情報スパイスの刺激で麻痺している。情報過多は飽和を生み、人はより刺激の強いスパイスを求めていく。だから公開自殺を煽るようなバカが生まれる。
物に満ち溢れた生活を送っていると、油膜のような濁りで感覚が麻痺してくる。咽喉の渇きも増してくる。
誰でも失えば研ぎ澄まされてくる。元々人間は、生きているだけで幸せを感じられる不思議な生き物だ。
そんな真面目なことを考えていると、猛烈にビールが呑みたくなった。

【9日目】
満足してしまうと人間の進歩は止まってしまうらしい。
朝からヤル気はなく、適度にサボるために、一番後ろで時々壁に背をもたせることにした。隣のデブは相変らず座布団ミルフィーユに深々と背をもたせ、早くも眠り呆けている。
最後に流れるグルの詠唱が猛烈に長い。一度あきらめてしまうと時間が過ぎるのが余計長くなってくる。ケツがプルプル振るえる。
瞑想の感覚は他人と比較しても意味がないという。同じように自分の過去と比較しても意味がない。そのことを意識しても、やはり雑念が浮かび、集中できない。

昼間なるべく考えを封印しているせいか、夜、枕に頭をもたげると妄想が涎のように溢れてくる。
深津絵里の泳ぎ目は絶妙。エキストラおじぎしすぎ。
「先生、愛ってなんですか?」「エッチの次にあるものよ」「自慰ってなんですか?」「自慰はエッチの前段階よ。みんなそのステップを踏み大人になっていくの」その日の英語のテスト。少年のアルファベットの回答…ABCDEF自慰エッチ愛JKLMN…。

【10日目】
講話(ディスコース)によると、瞑想を極めればつま先から頭のてっぺんまで一息のうちに全ての部位の感覚を味わえるらしい。そんな自分にホイミみたいな技できっかよとふてくされ、瞑想には集中できず。
昼食。冷たい空気のなかで食べるりんごがうまい。ぼやけているが、甘い蜜が体の節々まで染み入っていく。
りんごは明らかに食われるために生まれてきた。梨もみかんもぶどうもモモも、明らかに食われるために生まれてきた。 

【11日目】
朝9時、遂に沈黙が解除される。
 その日は昼と夜に少し瞑想するだけで明日の朝には全員がこの場を去る。
感想をきくと、この瞑想法による感じ方は様々だ。
ひたすら寝ていたという人もいるし、しんどいだけだったと語る人もいる。阿修羅マンのように腕が膨張していくような感覚になった人もいる。どう感じるかは、自分次第だということがよくわかる不思議な体験だ。
日ごろから考えごとが多い人にはいいかもしれない。
あん時ああすれば良かった。私のバカ。馬鹿馬鹿馬鹿。ネガティブなこと考えると悪いことが起きるので、どうしよう、あわわ。楽しくないのに楽しいって言い聞かせると無理が出るし、かといってネガもやだし。
心の暴走は癖だ。迷走より瞑想を。

参加した日本人は僕のほかに女性が二人いたけれど、そのうち一人が実はミクシィで何度かメールをやり取りした人だったので驚いた。お互い、インドにいることは知らなかったのに。まさかこのデラドゥンで、しかも月2回行われるスケジュールまでぴったりとは…。僕はミクシィに縁があるらしく、以前にもマイミクしただけで会ったこともない人と、同じ会社の同じ部署で働くことになったことがある。
シンクロニシティ、意味のある偶然、世の中って不思議なことが時々起こるもんだ。
旅先で知り合った人でも、会いたいなとか、会えるだろうと思っていると意外と会えないのだけど、何も考えていないと、突然ばったり出会ったりする。時間は未来から過去へ流れている川のようなものだという説があるけど、その川をサーフボードで上るには渇望しない無心が重要なのかもしれない。

昼食後はビデオを見た。デリー刑務所の囚人がヴィパッサナーに取り組むというドキュメンタリーだ。
コカイン密輸で懲役6年を食らったカナダ人がインタビューに答えていた。
「僕のママは僕が今どこにいるのかわからないだろう」
そんな悲しい台詞を吐きながらも彼は晴れ晴れとした顔を浮かべていた。
書物を紐解くと、瞑想を極めればコカインなんか目じゃない、ドーパミンやセロトニンが大量に脳に出るらしい。オナニーなんかしなくてもいくらでも気持ちよくなれるのだ。

夜の講話、テープの語り手がいつもの熟女と違う。
素人丸出しの女だ。異様に焦った口調で、まるで頭に入ってこない。
講話後、就寝時間を過ぎているが男子宿泊寮の中庭ではなごやかな談笑が行われていた。
17歳の少年が「ふんどしはおちつく」と語っている。
その演説のあとは下ネタ談義に花を咲かせ、なぜかいきなり宗教の話題になった。
インドのヒンドゥー教徒は仏陀を嫌ってるそうだ。理由は仏陀は永遠に続く魂(アートマン)の存在を認めなかったからだ。一方ネパールでは、ヒンドゥー教徒でも仏陀が好きだ。母国の英雄を否定できないのだろう。
ネパールと同じく火葬が主流のインドだがパールスィーと呼ばれるゾロアスター教徒は、遺体を川に放り投げるか、山に放置してハゲタカに食わせるという。同教にはターバンでおなじみシーク教徒と共に金持ちの信者が多い。携帯から自動車まで、巨大タタグループ一族もゾロアスター教信者だそうだ。
金持ちがハゲタカに食われるとはなんとも不思議な気もするが、少なくとも彼らの肉体は確実に自然の一部となるのだろう。
「EAT THE RICH!」
 オランダの左翼系スクワッターがそんなグラフィティを描いていたが、ハゲタカ君がその仕事をしていたらしい。

【12日目】
 朝起きてすぐ、オ○ムシスターによる最後の講話が始まった。
人が渇望や嫌悪を抱くと、宇宙はそのエネルギーに同調して変なものばかり集めてくるという話だった。そんな宇宙には愛情を持って接するのがいいらしい。
そういうわけで、世界人類と自分自身の幸福を願うという瞑想を伝授される。
そこでふと田舎にある「世界人類が平和でありますように」という札看板を思い出した。
いい言葉ではあるけど、あの看板には陰気なものを感じてしまう。いっそのこと、イチゴ模様で埋めちゃえばいいのに。せめてボブマーリーのステッカー一枚でも貼ってくれ。

渇望と嫌悪。
シスターは語る。「今の感覚を大切に」
わかっている。けどみんな、過去を憂い、未来に思いを馳せる。
渇望と嫌悪。
人間のなかでもっとも強力な磁石に世界は反発する。
この世界のキーワードは今を大切にするということ。
納豆が好きすぎて納豆風呂に入る少年、あれこそが人生の全てなんだ。
今に夢中になるほど、その人の人生は豊かになっていく。
その逆に悪いことを考えると悪いことが起きると心配することはない。
悪いこと、と思ってる時点で、その人はいい人だ。心のなかで神様にバカと言っても、神様はバチを与えない。宇宙が反響してくるのは意識ではなく、潜在意識にある、なにか、なんだろう。
人生は怖がらなければ、大抵のことはうまくいく。もちろん自分の思いどおりにいかないことは多いけれど、いつだってごほうびは思いがけない、よくわからないタイミングで訪れる。
宇宙はまるで、ガラクタばかり拾ってくる犬みたいだ。だからこそ気楽に生きればいい。

最後の朝飯はプリーという揚げチャパティにじゃがいも入りのスープカレー。
10日間で一番うまいごちそうだった。夢中で食べていると、頻繁にサボっていたデブ
が声をかけてきた。
「おれはほとんど寝ていた。けど瞑想したら戦争は起きねえな。みんなマリファナやれば戦争起きねえのと一緒だ」
 晴れ晴れとした笑みは、彼なりの苦行が済んだという安堵を物語っていた。
朝食後、荷造りをしていると、興味心身で少年たちが観察してきた。
インドにいると、誰でも芸能人気分だ。
……で、ボディソープ盗んだのは誰よ?

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帰りのバンで一同はバスターミナルへ向かう。もともと優しい人だったがさらに優しくなって神のような笑みを見せている。「アイネバースモークシガレット」とさわやかな笑みで語るイスラエリー。浄化の喜びをただひたすらにかみ締める面々。だが僕は早々に煩悩と戯れることにした。
面々と別れ、早朝のレストランにレッツラビール!。
たまねぎの輪切りとフォスターズラガーを注文。
胃にしみる魔法の液体。一ヶ月ぶりのビールは上質な食べ物のように感じられた。
合わせてニコチンもやる。WINという貧乏人の代名詞的煙草。
咽喉に激。
その昔、治験ボランティアで血を抜かれまくった3日後の朝の煙草も、たしかこんなに強烈だった。それでもしばらく吸っているとニコチンが美味しく迎い入れてくれた。

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ヤギ???


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夕刻のデラドゥン発デリー行き電車、ガラガラだと思っていたが、次の駅につくとすぐに人が乗ってきてあっという間に満杯になる。この電車の切符が取れたことを奇跡のように思うが、インドではどこへ行っても人が追いかけてくる。

塩辛い魚介風味のポテトチップスをかじっていると10日間の体験が思い浮かび、涙が出てきた。

胃の中に入ったポテト、それが明日のパルスを生み出している。太ももの内側、心臓の近く、どこかでざわめきをあげ、何かを叫んでいる。

彼らの命は失われたけれど、ばらばらになった彼らはこの体の一部となっている。永遠の自我なんかなくても、あの世も前世もなかったとしても、皮膚の内側で今、止まることのない輪廻は続く。空気や水、生物たちの輪廻。

体のなかに宇宙があり、宇宙のなかに僕らがいる。宇宙という化け物に食われた人間は80年の歳月を経てゆっくりと消化され、ばらばらになってその一部となる。僕たちは胃の中のじゃがいも一粒と何ら変わりない。

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ゴアの安宿で見つけたグラフィティ

深夜1時。デリー、メインバザールの宿、広々としたダブルベッドの上で久々のオナニーをする。精子の量が思ったより少なくて残念。精巣工場は、足りなくなったら生産し、補充するというシンプルなシステムを採用しているらしい。
タバコにビールにエロ動画。
これから煩悩だらけの生活を送っていれば、いろんなものへの感謝とありがたみも薄れていくだろうけど、あの感動は、忘れない、忘れない。


新言語分類

2011年9月11日

○某超有名クイズ番組名司会者の言葉

「ぼーっとしてないで」
「寝てるのかぁ?」
「応援しろよ」
「いいかい? いくよ」
「いいかい? いいか? いいな?」
「私がこの美しい奥さんをお預かりしますんで」

※特徴:進行や絵が思うようにいかないと苛立つ。
    女神様もびっくりですな。


○進化論
道の真ん中でうんちする犬を見て思った。
情けなく、無防備なポーズだ
大の遅いDNAは早い時期に滅びるだろう。
突然便意な生き物も同様である。


○横断歩道青信号時のメロディについて
できれば、マリオかスターソルジャーの無敵モードの音にして欲しい

○「食べる調味料」次にくるのは……?
食べる粉(ドラッグは絶対ダメ!)
食べる菜(タベルナ=食べてはいけない野菜)
食べるガス(ヘリウムイチゴ味) 
食べる淫乱(口フェチ向けAV)
 
○バカそうな道具
栓抜き(とりあえず抜いとけばいいんだろ? という、売れっ子風俗嬢もびっくりの
職人だがなにぶん、抜くことしかできない)

○エコオナニストとは……?
好物は樹液、ファーストキスはバラの花、
初体験の相手は大地という男だ

○あるナルシストアーティストの口癖
才能と、神とマザーにアイラブユー

○あるナルシストのオナニー
自分を見つめる、自分オナニー
(無人島にひとつだけ持ってくならもちろん鏡)

○素朴な疑問
①乳首立ちマネキンはいるのか?

②三枚刃神話はいつまで続くのか?

③今、家庭でゼリーを作る人はどれくらいいるの?

④50円以内のお菓子のCMはまだ日本でやってるの?
(インドではハイテクモバイルCMの合間に10円チョコのCM……)

○痛いコピー
今、なうい人たちに評判のこれ(ア○ヒライブ樽80年代CM)

○気になるもの
~業務用機械の名前~
サナエラブリミー(耕作機)
SMAP(研磨機)

○ありそうな双子の男女の名前
カカオとココア

○ありそうな農場
離婚農場(リコンファーム)
※離婚後、72時間以内に電話予約を。寮食事完備の農場が
傷ついた男女をお待ちしております。

○ありそうな味噌汁のポスター
戦場の中マシンガンを持った自衛官の図
「味噌汁飲みてえ……」のコピー

○ありそうな自己啓発書のタイトル
「娼婦にハマるおっさん、スピリチュアルにハマるおばさん」

いまんとこ、男は、体>心。女は、心>体。
これが逆転して魂と愛について語るはげおやじが増え、「マナブの身体は毎日の筋トレの賜物」「ケンヤのおしりは馬の黒光りみたい」と賛辞する熟女陣が増えれば世の中もっと平和になるのになぁ


○イケメンに嫉妬する童貞大学生の言葉
あいつの場合、テニサーじゃなくてペニサーだろっ??

○定食屋のがんこオヤジが客のヤンキーに一言
メンチは切るもんじゃねぇ! アゲモンなんだよっ!

○嫁の尻に敷かれた早漏旦那の一言
おれ、指でがんばるで

○日曜大工な言葉
スクリュードライバー

○クラシック作曲家風な言葉
ビーフ・ストロガノフ

○文京区本郷にありそうな定食
神童定食

○一字違いでヤバイメニュー
カズノコ天丼
生絞りラーメン

○スペイン語風
ドコサヘキサエンサン
アキサンマダコンニャロ
シンコイワサティ

○善良そうな農民の名
パッタイ
チョリソー

○役に立ちそうな友人
網野さん

○不良サラリーマンの特徴
電車遅延の朝に牛歩

○勝手なイメージシリーズ
ドクターペッパー好きはサブカル好き
何年も電話番号変えてない人は真面目な人

○バカップルが言いそうな言葉
一緒に廃人になろう!

○エステクラブ常套文句
化けますよぉ

○律儀な幽霊が言いそうな言葉
化けますよぉ

○エロイ言葉
ヘルスセンター
タルタルソース
ホワイトドレッシング
マウントポジション
ハネマン
バイマン
ヤクマン
コンスタンチン
ペニシリン
かんぽ
マスカラ
マラカス
マダガスカル
乱気流
ヘブンズドライブ
ハニーディップ
ヘルプデスク
マニフェスト
フェラガモ
バックル
カリウム
マンゴローブ
ジェロニモ
オスマン・サンコン
べったら
電魔王

○エロイ台詞
「センコウ、あたしたち、お礼がしたいんだぁ」

○ドラッグめいた言葉
LED
しゃぶしゃぶ
白い恋人
タイマー
国家委員
ケロリン

○楽しそうな言葉
メイプルシロップ
フルスロットル
スクラッチフィーバー
夜な夜なアクアリウム
ときめきファンタジア
お色気横丁

○治安悪そうな言葉
グランドスラム

○賢そうな言葉
ハイデルベルク
セバスチャン
ノイシュバンシュタイン

○いかにも家元
勅使河原

○IT用語
ゲータレード
ライフガード
リゲイン
トレッキング
ナックル
メッシュ
ファイバー
フロート
飢餓

○モンスターな言葉(弱い順)
シナモン
ケッパー
パンジー
ビタワン
ミミガー
マロニー
ブータン
グァバ
ガラナ
デューダ
メタン
マトン
ハルシオン
オスロ
ガボン
ハザード
ダルメシアン
アルバトロス
ネオジオ
ジグザグ
バラモン

○呪文な言葉
エクステ
マイセン
オプティフリー
ワーテルロー
アルデンテ
バイタミン
ティモテ
伊世
テトラミド
アルファルファ
アーテン
パスカル
インダス
ルッコラ
パンナコッタ
エトセトラ
ボイン
リバティ
シャンティ
ティンプー
メンタンピン
トンプーソー
シーカーサーサワー
ハムラビホーテン
ファミレス
タリラリラン
トゥクッパ
保奈美


○何でも一言
自分探しでエキストラ

小宇宙という名の焼酎

ドーパ民、オア、セロト人。
改めまして、快楽主義者です。

赤字ババアのクソ力

グアムですかグァムすか?

婚活サバイバー=主婦

トランクスを広げるとくらげに似ている

蟹のみぞ知る、蟹の味噌汁

○パスタなポエム(フィーチャリング酔っ払い)

パスタパスタ。お鍋でスタコラバスタイム。
ペンネペンネ。お尻ペペンネ。ゴペンネするまでノンボイル。
スパゲッティ、回るっティ。くるくるりんこのフォークインラブ。
アルデンテ、酒あるでってぇ、飲め飲ーめー、酒あるでんてぇ。

○よくあるAV女優インタビューでの一言
「いつもと違う私を見てください」
(↑いつもエロイことしてるだけですよ!)

※このシリーズで、どっかの美人芸人にやって欲しいです。


○オススメCM

レナウン
http://www.youtube.com/watch?v=P6iph9ZG-oI


○オススメの曲

A-BEE(アービー)がヤバイです!
しかもイケメン!

http://www.youtube.com/watch?v=Ft0HvTOFOlU

超名曲!
中毒性ありのシゲキ物。ループがたまりません!
特に後半のさわやかな盛り上がりが最高!
シャンパン、もしくはメロンソーダのなかでピンポン玉がはじけてるイメージ。


http://www.youtube.com/watch?v=gkW3KHdjT2Q
同じくA-BEE。かっちょいい出出し!

http://www.youtube.com/watch?v=XL2od1AF_Cs
文字通り、元気の出る曲。

http://www.youtube.com/watch?v=4E4-9yKTv_I
童話の世界のような

http://www.youtube.com/watch?v=kl6jwab3HWk
うそ? 釈放?でおなじみのクールな名曲

○お気に入りDJ

サイセラピー
http://www.youtube.com/watch?v=RhGFcXQ7goI
(映像悪し。観客の奇声もうざいけど、音はかっこいい!)

ゴアギル
http://www.youtube.com/watch?v=Emz3KD28FWI&feature=related
(サイケ界のラーメン二郎。世の中パンチが強くてなんぼ!
 最後の曲いいのでもっと聴きたい…)



妄想未来日本

2011年9月11日

どうでもいいですが日本の未来を妄想しました。

2015
都会の孤独に耐え切れなくなった若者たちが
続々と田舎に里帰り。「サーモン族」と呼ばれる。
北の国からの五郎が改めてまつられる。
「五郎のかぼちゃ」が富良野名物に。

2018
トウモロコシが値上がり。各メーカーは商品を自粛。
バターコーンラーメンがただの、「バターラーメン」
に、とんがりコーンが「とんがり」に
ブラザーコーンが「ブラザー」にそれぞれ改名。

2020
家電製品のオールコードレス化が定着。
余った電源コードを衣服やカバンにつけて
練り歩く「コード系」ファッションが流行。
竹下通りで練り歩くと、他人のコードに
「絡まれる」社会問題が勃発

2021
コード系の煽りを受け、秋葉原で
「サイバーメイド」が登場。
これまでの黒白というメイド服を打ち破る、
サイバーチックなメイド。ブルーやピンク
のウィッグをつけ、近未来的なメイド服が人気を博す。
スカートの後ろには懐古的電源なコードのしっぽ。
合言葉は
「ご主人様。チャージお願いします」

2030
幅2mmほどの超薄型テレビや、ラップトップが
登場。
「うすい」ブームに突入。
超薄型コンドームに、薄くて高反発なマットレス
臼井さんは名前だけで大モテ。
その煽りを受け
「男は、ウスイ方がいい。」
と、アンチ増毛派が急増。


2040
外国資本のとめどない参入。国立公園や国の
資産が次々に外国企業に買収される。
中国地方に、「デズニーランド」なるものが
上海大手企業により設立されるが、
キャラクターはパチモンだらけ。
ミッキーを見て子供が泣き出し、
プーさんはグリズリー。

探偵ナイトスクープで取り上げられ、
高視聴率をマーク。


2055
高性能ダッチワイフが世界初日本で登場。ほとんど人と
見分けがつかないほどの容姿。およそ10000語を
認識でき、こちらの言葉に複数パターンの
反応を返すことができる。ただし知能的には
まだまだ人間の比に及ばないことと、
基本的に受身であることから、「やっぱりヒトがいい」
とM男には不人気。
このダッチワイフの登場で、少子化がさらに加速。
しかし、日本の国民総幸福度数はブータンについで世界
二位に躍り出る。


2060
アングラでクローン人間誕生。発展途上国の地下組織から
金持ちが密輸。当初、非常に高価だったため、
割賦式『クローンローン』も誕生。
しかし購入者は文字通り無限増殖するローン
で借金地獄。